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車いすバスケ激闘「銀」の裏にある模範のチーム作り、世界驚かせた日本の進化

2021 9/9 11:00田村崇仁
泣きじゃくる鳥海連志,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

過去最高7位から躍進、王者米国に4点差

数々の名場面を生んだ東京パラリンピックでハイライトの一つとなったのが車いすバスケットボールで銀メダルを獲得した男子日本代表の金字塔だった。

敗れはしたが、前回王者の米国を60―64と追い詰めた決勝は、障害者スポーツの魅力とレベルの進化を証明した歴史に残る激闘。過去最高7位から躍進の原動力となった22歳の鳥海連志(パラ神奈川SC)は障害が重い部類に入る持ち点2.5のローポインターながら、決勝でも攻守の軸となり、8得点に両チーム最多の18リバウンドと活躍した。

「僕たちが積み上げてきたバスケットボールをしっかりと結果として証明できたことが何よりもうれしい」と成長をかみしめた。

1960年の第1回ローマ大会から実施されている花形競技で日本のメダル獲得は初めて。2016年リオデジャネイロ大会は9位。背丈も腕の長さもある欧米勢に対抗するため、5年間磨き上げてきた素早い攻守の切り替えで勝負する「トランジション・バスケットボール」で車いすバスケの新たな歴史を刻んだ。

豊島英主将(宮城MAX)は「もう一歩で届きそうという希望も見えた」と次世代へ「金」への思いを託した。

若きエース鳥海連志の妙技「ティルティング」

攻撃ではコートを広く使って動き回り、守備ではピタリと相手のキーマンに寄せ、パスコースの選択肢をつぶす。そんな日本のバスケを体現したエース鳥海は漫画「スラムダンク」に登場する流川楓に例えられ、競技の人気向上にも一役買った。大会前に約1600人だったインスタグラムのフォロワーは期間中に2万5000人を超えたという。

巧みなチェアワークが持ち味。中でも得意とするのが片方の車輪を上げ、高さを出す妙技「ティルティング」だ。

米国戦でも大接戦の第4クオーターでその得意技からシュートを決めた。障害の程度により決まる持ち点は2.5で重い方に入るが、障害が軽い屈強な相手とも高い技術を駆使して互角以上に渡り合った。

車いすも日本製、躍進支えた二枚看板

ベテランの二枚看板も日本の躍進を支えた。決勝でも5大会連続出場の藤本怜央(宮城MAX)が11得点、4大会連続出場の香西宏昭(NO EXCUSE)が18得点と攻撃をけん引。若手も成長し、新旧世代が融合して快挙につながった形だ。

岐阜県に本社を置く車いすメーカー、松永製作所の「高性能車いす」も日本選手に愛用され、快進撃の原動力となった。フレームの柔らかさとしなやかさが最大の武器で、スピードが出やすく、操作性も高いと評判。日本選手だけでなく、英国代表チームとも契約して車いすを提供し、シートの角度や車軸位置を微調整できる「世界初の構造」が決め手となったという。

日本の「ものづくり」の伝統が評価された形で、英国女子チームは背もたれ部分にカタカナで自分のファーストネームを刺繍し、大きな話題となった。

1964年大会は米国に完敗、半世紀で大きく成長

歴史を振り返れば、日本が初参加した1964年東京大会は米国に完敗し、一つのエピソードとして語り継がれている。

第2次世界大戦の傷痍軍人らの間で競技が急速に普及した米国チームは精鋭集団で、就職もして社会に進出しながら、障害者のイメージを覆すような自信と明るさに満ちていた。

一方の日本は「日本パラリンピックの父」と呼ばれ、東京大会開催の立役者となった故中村裕医師が述懐している通り、選手の大半が自宅や施設での療養者。海外選手に圧倒され、障害者への偏見や差別がまだ根強く残る時代でもあった。

その後はスポーツを取り入れた障害者のリハビリ療法が国内でも広がり、現在の車いすバスケのチームは2020年4月1日時点で日本国内に75チーム、男女計768人がメンバー登録する。協賛企業は10社に上り「天皇杯」の冠が付いた日本選手権でしのぎを削る選手たちから、最高峰の日本代表が選出されている仕組みだ。

年代別の日本代表チームを設けて若手も育成し、そこから鳥海ら躍動した20代の新戦力が台頭。香西や藤本のベテランとも融合し、東京大会で最強チームが編成された。米国のライキンズ監督は「スピード、守り、シュート力の全てにおいて、日本は以前よりはるかに成熟した」と評している。

多くのパラ競技が選手の高齢化に悩む中、そのチームづくりは規範ともいえる形。さらに人気競技の車いすバスケは競技の枠を超えて健常者のプレーヤーも増えており、一緒に戦う国内大会もある。スポーツを通じた「共生」の新たな可能性も広がっている。

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