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相次ぐ事故に技術向上の機会損失…飛ぶ金属バット見直す時期

2019 8/23 11:00カワサキマサシ
今夏の甲子園では48本の本塁打が飛び交ったⒸSPAIA
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真夏の甲子園に飛び交った48本塁打

48本。これは今夏の甲子園で飛び出した本塁打の数である。ラッキーゾーンが撤去された1992年以降、90年代の大会通算本塁打数は概ね10~20本台だったが、00年代以降は30~50本台と増加。2017年には、それまでの史上最多だった2006年の60本を上回る68本が、甲子園のスタンドに飛び込んだ。

高校野球では反発力の強い金属バットが用いられていることが、その要因のひとつ。反発係数の最高を100とすると、木製バットは30~35、金属バットは50~60になると野球用具メーカーの美津和タイガーは同社のHPで発表している。

それに加えて近年の選手の能力向上に少なくない力添えを果たしているのは、練習環境の進化。具体的にはピッチングマシンを使用しての練習が当たり前になって、打者は打撃練習の数を多くこなせるようになった。そして筋力トレーニングも近代化して、打者のスイングスピードが上がっているので、打球の速度、飛距離は90年代以前より伸びている。

また投手も近代的筋力トレーニングの効果で、スピードガンの表示が150kmを越えることも珍しくない。投手の球速アップも打球の飛距離が伸びることに関係しているだろう。

金属バットは1974年夏から高校野球で導入された。目的は木製バットは折れるなど耐久性が低く、費用面での負担を減らすこと。あくまでも学校の部活動であるゆえに、その導入意義は真っ当なことだ。しかし近年は選手の能力が大きく進化したこともあり、金属バットを使用することの弊害が表面化している。

中村奨成も根尾昴も木製バットに苦労

ひとつはバットの性能に頼った打撃による、技術面での問題。反発力が強い金属バットは、上半身の力だけに頼ってバットを振り回しても当たれば飛ぶ。しかし金属バットが使えるのは高校まで。それより上の大学、社会人やプロに進めば木製バットへの転換を余儀なくされる。

金属バットと違い、木製バットは下半身と連動させた打撃技術がないと飛距離は出せない。また金属バットと比べて芯の部分が狭いので、そこにボールを当てる技術も必要になる。

いまやDeNAの揺るぎなき主砲となった筒香嘉智は高校時代に通算69本塁打を放ったが、プロでシーズン通算本塁打を20本台に乗せるのに5年を要した。筒香自身も「木製バットに慣れるのに、時間がかかった」とコメントしている。

近年では中村奨成(広陵/現広島)が2017年の第99回大会で、あの清原和博(PL学園)を上回る大会新記録の6本塁打を放ち、長距離打者ではない根尾昴(大阪桐蔭/現中日)も、昨夏の金足農との決勝戦でのバックスクリーン弾など3発をスタンドに叩き込んだが、ともにいまだ一軍での出場はない。ふたりの場合も、木製バットに慣れるのに苦労しているようだ。

打球速度アップによる直撃事故増加

そして看過できないのは、打球速度が速くなったことによる、打球直撃事故の増加。今夏の2回戦、岡山学芸館vs広島商では岡山学芸館の丹羽淳平投手が打ち返された打球に反応できず、顔面に受けて病院に搬送されるアクシデントが起こった。

また2017年には横浜のある高校の野球部の練習中に、打撃投手を務めていた選手の頭部に打球が直撃して一時は意識不明になるなど、各地で事故が発生している。もはや高校生の能力ではピッチャー返しに反応しきれない危険なレベルにまで、打球速度が上がっているのだ。

アメリカでは低反発金属バット義務付け

高校野球で使用する金属バットは重さと太さには規定があるが、反発力に関する規定はない。しかしアメリカでは従来規格の金属バットで打った打球による事故が相次いだことから、2012年に反発係数を木製バットと同じ程度に調整したBBCOR(Batted Ball Coefficient of Restitution)を導入。現在ではアマチュアレベルのすべてで、このバットしか使用できなくなっている。

この低反発金属バットを日本でも導入すれば、技術面や事故の問題の改善につながるはずだ。実際に筒香の出身チームである大阪の堺ビッグボーイズは、低反発金属バットを使用しての試合を行った。正しく打たないとボールが飛ばないので、力任せのスイングを見直すきっかけになり、投手も思い切った投球ができるなど技術向上につながる成果も得られている。

日本球界発展のためにも導入すべき

最近の高校野球は投手が速い球を投げ、それを思い切り打ち返すだけのものになり、野球が単純化しているように感じる。本塁打と豪速球が野球の華であることに異論はないが、野球とは本来、細かな技術に考える力も必要なスポーツだ。

今の金属バットは育成年代のうちから細かい技術を培う機会も、考えてプレーする習慣も奪ってしまっている。その結果と言うべきか、木製バットで戦った昨秋のU18アジア選手権では根尾やロッテに進んだ藤原恭大らを擁しながら、普段から木製を使っている韓国、台湾に敗れて3位に終わった。

バットに関する規定を突然変更すれば高校野球の現場も、用具メーカーも混乱を来たすだろう。だが、たとえば「3年後に低反発金属バットに切り替える」とすれば、緩やかに移行できるはずだ。次の100年に向けて、高校野球は変化を受け入れる時期に来ている。