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トップは948球 夏の甲子園で最も“球数”が多かった投手は?

2019 8/14 06:00浜田哲男
甲子園ⒸSPAIA
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閉会式で曲がったままの右肘

球数にまつわる伝説は数あれど、多くの高校野球ファンの脳裏に深く刻まれているのが、7番目となる773球を投げた沖縄水産・大野倫の姿ではないだろうか。

沖縄水産は1990年に夏の甲子園で準優勝を果たし、沖縄初となる悲願の優勝に最も近づいた。そしてその翌年、同校のエースとして沖縄県民の大きな期待を受け、ボロボロになりながらもマウンドで投げ続けたのが大野だった。

決勝の大阪桐蔭戦までの6試合全てで完投し、3回戦以降は4連投。試合毎に落ちていく球速、徐々に下がっていく肘…大阪桐蔭打線に13点を奪われても、大野は最後までマウンドに立ち続けた。閉会式で曲がったまま動かない肘はあまりにも痛々しく、後日の診断により右肘は疲労骨折であったことが判明した。

当然チームは勝利を最優先に考える。しかし、“その後の投手生命”という観点でみると、甲子園で連投してプロの世界でも息長く活躍した投手は少ない印象だ。高校野球における投手の球数制限、大会日程については、甲子園の在り方も含めて真剣に考えていかなければならない。球数の問題は、勝利と投手生命との狭間で、今後も様々な議論が続いていくことだろう。

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