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川内優輝は東京五輪をあきらめた? 世界陸上を選んだ理由とは

2019 6/7 07:00鰐淵恭市
MGCには出場せず世界陸上に向かう川内優輝Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

9月のMGC見送り、10月ドーハへ

男子マラソンの川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)が9月15日に行われる東京五輪代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」には出場せずに、10月にドーハで開かれる世界陸上で戦う道を選んだ。

56年ぶりに母国で開催される五輪への出場を目指すのが、普通の考え方かもしれない。でも、毎週のようにレースに挑み、日本マラソン界の「常識」をことごとく打ち破ってきた川内には、五輪出場を狙うのは常識ではなかったようだ。

MGCを走らないことについて、川内はこう語っている。

「僕の中では東京五輪より、本命はドーハ世界陸上」

もちろん、MGCに出なくても五輪を狙う方法はある。五輪代表枠の最後の一つを争うMGCファイナルチャレンジ(福岡国際、東京、びわ湖)で2時間5分49秒という設定記録を上回ればいい(厳密には突破者の中で最速のタイムを出した選手が選ばれる)。

このことについて川内は「走る以上、そういう(設定)記録があるなら狙っていく」と語っている。これをもって、いくつかのメディアが「東京五輪も狙う」という趣旨の報道をしているが、果たしてそうだろうか。川内はすでに東京五輪を諦めている、と筆者は思う。

「耐久型」のため非現実的

東京五輪に出場するには日本記録(2時間5分50秒)を上回らなくてはならない。が、川内の自己ベストは6年前に出した2時間8分14秒と大きな開きがある。川内は決してスピードがあるタイプではない。むしろその逆の「耐久型」の選手である。川内が設定記録を狙う、というのは非現実的だと思われる。

実際、川内は2018年にワールドマラソンメジャーズの一つであるボストンで優勝したが、スピードで圧倒して勝ったのではない。この時は冷たい雨が降りしきり、耐久型の川内にもってこいの気象条件だった。優勝タイムも2時間15分台と平凡なものだった。

酷暑の東京より深夜のドーハ

それにしても、端から五輪出場を諦めるというのは、大きな決断である。そこには、川内なりの計算が見え隠れする。五輪へ出られる可能性と、世界陸上で活躍できる可能性を天秤にかけ、冷静に判断したのではないか。

まずは川内が公言しているように、「暑さが苦手」というのが大きいだろう。9月15日に行われるMGCは猛暑が予想されている。川内は耐久型だが、暑さへの耐性は低い。2時間5分50秒の日本記録を持つ大迫傑(ナイキオレゴンプロジェクト)、2時間6分台の記録を持つ設楽悠太(ホンダ)、井上大仁(MHPS)らが出場するMGCで、五輪出場への最低条件である3位以内に入るのは難しいと考えるのが賢明であろう。

さらに、MGCに出てしまうと、1カ月後の世界陸上へも影響が出るのは必至だ。

賞金安い世陸はアフリカ勢が回避?

10月のドーハ世界陸上は史上初の中東での開催となる。こちらも暑いのではないかと思われるが、スタートは午後11時59分。気温は25度ぐらいが想定されている。夜中に走るので、直射日光もなく、比較的涼しく走ることができる。

さらに、中東で真夜中に走るという類を見ないレースに、世界のトップランナーが出場を避けるということも考えられる。そもそも、アフリカ勢の中には世界陸上を重要視していない選手も多い。なぜなら、金銭的なメリットが少ないからだ。

例えば、2015年の世界陸上の優勝賞金は6万ドル(約640万円)。ところが、ボストンやベルリンなど、ワールドマラソンメジャーズで優勝すれば、賞金は軽く1000万円を超える。だから、世界陸上に世界のトップ選手が必ずしも集結するわけではない。川内が活躍する可能性は十分にある。

プロとして商品価値高める

そして、今年4月にプロ選手になったこと、5月に結婚したことが大きい。

川内を形容する言葉としては「日本男子最速の市民ランナー」「公務員ランナー」が有名だった。公務員として働きながら、市民ランナーとともに練習し、日本代表へ駆け上がっていく姿に多くの日本人が心を打たれた。それが、彼の人気の秘密でもあった。

だが、川内はその肩書を脱ぎ捨てた。そこには彼なりのマラソンへの美学がある。プロ宣言をしたときにこう語っている。「世界中のレースに出て勝ちたい。思い切り走れるのはあと10年もない。死ぬ時に後悔したくない」。世界で勝負するために、公務員の時のように仕事と陸上の両立を目指すのではなく、レースに集中できる環境をつくりたかったのだ。

4月からは、あいおいニッセイ同和損保と所属契約を結んだ。プロとして活躍していく以上結果が求められる。その中で、どこで結果を出すのが川内優輝の商品価値を上げるのかを考えたのかもしれない。日本ではTBSが中継することもあり、世界陸上での活躍が他国よりも大きく評価される。

3秒差で入賞逃した雪辱へ

もちろん、日本代表への強い思いもある。かねて「戦える力がないのなら、日本代表にいるべきでない」という趣旨の言葉を繰り返していた。仮に東京五輪の代表になったとしても、猛暑の中では戦えないと思ったのだろう。さらに、世界陸上は2年前に3秒差で8位入賞を逃した大会である。同じ大会で、雪辱を期したいという思いは十分に分かる。

川内といえば、実業団を批判する物言いや、ゴール後に倒れ込む姿から、どちらかというと情熱的なランナーと思っている人も多いかもしれない。それは間違っていないのだが、それ以上にいろんなことを頭に巡らせて走る選手であり、こだわりの人でもある。

昨年の福岡国際マラソンで、川内は終盤必死に追い上げて10位に入った。この時のレース後のコメントが忘れられない。

「10位になれば、来年のパンフレットに名前が出るでしょう。福岡では出場8大会連続10位以内になる。それを頭に入れて走っていました」

終盤の苦しい時に、よくぞそこまで考えられたものだ。普通、極限状態でここまで頭はなかなか回らない。そして、そのこだわりぶり。近くで聞いていた実業団選手も苦笑いしていた。

東京五輪よりも世界陸上、というこだわりは吉と出るのだろうか。いずれにせよ、常識にとらわれない川内が面白い存在であることは間違いない。

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