パリ大会は鈴木優花が6位入賞、一山麻緒は51位
パリオリンピック女子マラソンの日本勢は、鈴木優花が2時間24分02秒で6位入賞したが、一山麻緒は2時間34分13秒で51位に終わった。2時間18分59秒の日本記録保持者・前田穂南は右大腿骨の疲労骨折で前日10日に欠場が発表されるアクシデントがあった。
優勝はオリンピック新記録の2時間22分55秒でゴールしたシファン・ハッサン(オランダ)。5000メートルと10000メートルでも銅メダルを獲得しており、10000メートルが終わって35時間後のマラソンで金メダルに輝いた。
オリンピックの女子マラソンは1984年のロサンゼルス大会から実施された。各大会の金メダリストと日本代表選手の成績は下の通りとなっている。
有森裕子が2大会連続メダル
ロサンゼルス大会は佐々木七恵が2時間37分04秒で19位に終わり、20歳だった増田明美は序盤に飛び出したものの16キロ付近で途中棄権。優勝は2時間24分52秒のジョーン・ベノイト(アメリカ)だった。
1988年のソウル大会は浅井えり子、荒木久美、宮原美佐子の日本勢がいずれも20位台。日本でもお馴染みのロザ・モタ(ポルトガル)が金メダルに輝いた。
日本人女子で初のメダルを獲得したのは1992年バルセロナ大会の有森裕子。優勝はワレンティナ・エゴロワ(EUN)に譲ったものの2時間32分49秒で堂々の銀メダル。山下佐知子も4位に入った。
有森は1996年アトランタ大会でも銅メダル。「初めて自分で自分をほめたいと思います」と涙をこぼしながらの名言は今も語り継がれている。真木和は12位、浅利純子は17位だった。
シドニーで高橋尚子、アテネで野口みずきが金メダル
2000年シドニー大会は高橋尚子が2時間23分14秒で日本人初の金メダル。翌2001年のベルリンマラソンでは2時間19分46秒の世界最高記録(当時)を出し、ランナーとして絶頂期だった。山口衛里も7位入賞、市橋有里は15位だった。
2004年アテネ大会は野口みずきが金メダル。翌2005年のベルリンマラソンで2時間19分12秒で優勝し、前年に渋井陽子が出した日本記録を更新した。アテネは土佐礼子が5位、坂本直子が7位と3選手とも入賞を果たした。
この頃まで世界トップレベルにあった日本の女子マラソンは以降、低迷期に入る。2008年の北京大会は中村友梨香が13位で、土佐礼子は途中棄権、野口みずきは欠場。2012年ロンドン大会でも木崎良子が16位、尾崎好美が19位、重友梨佐が79位。2016年リオデジャネイロ大会も福士加代子が14位、田中智美が19位、伊藤舞が46位に終わった。
東京大会で一山麻緒が8位入賞、パリの前田穂南は無念の欠場
しかし、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の導入など強化策が実り、地元開催の2021年東京大会では一山麻緒が4大会ぶりとなる8位入賞を果たす。鈴木亜由子は19位、前田穂南は33位だった。金メダルは2時間27分20秒でゴールしたペレス・ジェプチルチル(ケニア)。同じくケニアのブリジット・コスゲイが銀メダルを獲得した。
アップダウンの激しいコースで行われた2024年パリ大会はMGC1位だった鈴木優花が自己ベストを更新する2時間24分02秒で6位入賞。MGC2位の一山麻緒は2時間34分13秒で51位に終わった。
2024年1月の大阪国際女子マラソンで2時間18分59秒の日本新記録をマークした前田穂南は右大腿骨を疲労骨折し、前日10日に欠場を発表。2大会連続のオリンピックでメダルが期待されていただけに悔やまれる欠場だった。
シファン・ハッサン(オランダ)が大混戦を制してオリンピック新記録の2時間22分55秒で金メダル。銀メダルは2時間22分58秒のティグスト・アセファ(エチオピア)、銅メダルは2時間23分10秒のヘレン・オビリ(ケニア)が獲得し、連覇を目指したジェプチルチルは15位に終わった。
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