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【野球の未来シリーズ:第3回】

「スポーツメーカー」の世界から見る野球界の未来とは?

野球

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【ゲスト】

Office Strategic Service株式会社

代表取締役社長

半田裕

ネスレ日本にて営業とマーケティング本部での経験を経て、世界最大かつ最も歴史のあるスポーツマーケティングカンパニーのIMG、アディダスジャパンにて会社創設から2002年日韓WCの全社マーケティング戦略立案とその実行に従事。その後ナイキジャパンでのマーケティングディレクターや、ジャパン・スポーツ・マーケティング社における取締役マーケティング本部長、JFCスポーツバンガード社における日本で最大のフットサル事業および日本で最大のテニスのE・コマース事業の事業経営の経験を経て、Office Strategic Service 株式会社を設立。


【聞き手】

一般社団法人 日本女子プロ野球機構

事業理事

石井宏司

東京大学大学院にて認知科学、教育×ITについて研究。1997年にリクルートに入社し、インターネット関連の新規事業、エンターテインメントの新規事業、地方創生コンサルティング、人材コンサルティング、事業再生などに従事。その後野村総合研究所にて経営コンサルティング、スポーツマネジメントコンサルティングに従事。アメリカにてスポーツ×ITのテーマのカンファレンスに多数参加。現在は日本女子プロ野球リーグ事業理事。日本女子プロ野球リーグは、現在世界で唯一ある女性選手によるプロ野球のリーグ。日本の女子野球のレベルは世界ランキングNo.1で、世界大会は現在5連覇。世界でも活躍する選手が在籍しているリーグ。

■メーカーから見た野球界の可能性と課題

石井:半田さんは長年、グローバルなスポーツメーカーのキャリアを積まれています。その中で、サッカーやラグビー、テニス、そして野球という多様な競技のフィールドでお仕事をされてきています。そんな半田さんから他の競技に比べて、野球業界はどのように見えていますか?

半田:実はアディダスに在籍していたころに、ニューヨークヤンキーズがアディダスと契約をしておりまして、その影響で日本でもジャイアンツと契約しろ、という指示がきました。それでジャイアンツに行きましたが、最初はなかなかハードルが高かったですね。実にそのあと契約まで7年かかりました。
グローバルメーカーからすると、日本の市場を見た時には、やっぱり野球は魅力的な市場と捉えられております。例えば一時期西武ライオンズとナイキが契約していたように、事例もあります。また、減ってきているとはいっても圧倒的な競技人口が存在している、これは魅力なわけです。

石井:なるほど、メーカーからすると、可能性がある市場ということですね。

半田:そうですね。やはり他の競技に見ると、ビジネスチャンスは高いわけです。
しかし、なかなか特殊で敷居が高い市場でもある、というのも事実です。
なぜなら、プロ野球の市場でうまくいっても、その下の大学野球、高校野球、アマチュア野球はまた全然違う市場構造になっている。学校に入っていきたいという思惑はあっても、そこではまたゼロから市場開拓しなければなりませんし、そこには既存のメーカーが長年頑張っていて関係を築いているために、参入が難しいということもあります。
また用具においては硬式野球、軟式野球があり、また連盟や団体によってバットやグローブに規格やルールがあるという状態ですので、どうしても商品点数が多くなり、製品戦略が難しいということがあります。

■野球のアパレル市場の中でのウィメンズ市場の可能性

石井:アパレル市場と考えた時に、野球は競技者が男性に非常に偏っています。逆に言えばウィメンズ市場は未開拓なままだと思いますが、ここは可能性があるのでしょうか?

半田:女性の場合は米国と違い、まず「する」スポーツにおいて日本の市場が厳しいという現状があります。一般的に学生から社会人になってしまうと、そもそもスポーツをする機会が多くの人が失われてしまいます。
また、大人の女性になりますと、汗をかいているところを他人に見られたくないという日本女性特有の心理的な阻害要因があったりします。また、忙しい中でそこに通い、もう一度お化粧をしたり、髪を乾かしたりというのがわずらわしい、結局足が遠ざかってしまうという環境的な不備もあります。
そこを解決したのがフィットネスという領域で、ここにおいてはヨガやピラティス、そしてスイムやアクアという市場ができて、そこ向けの製品ラインナップやサービスをメーカーは重視してきました。
それに加えて、さらに女性の部活という団体競技の市場にアプローチするという発想までは、なかなかたどり着かなかったという歴史があったと思います。

ただ、日本サッカー協会の努力で、女子のサッカー競技人口はとても増えましたよね。高校の女子サッカー部も増えてきて、全国大会などもちょっとずつ盛り上がってきています。なので、絶対不可能だとか、できないという風には思いません。
協会や連盟などが主導して、中長期的に競技人口を増やすこと。それが今のカープ女子など、「みる」スポーツにおいても女性が野球に目覚めてきていることと相乗効果を産めば、十分可能性が出てくるのではないかと感じます。

■野球の日本代表のユニフォームの市場可能性

石井:「みる」スポーツのアパレル市場という意味では、サッカーの日本代表のユニフォームが大変成功していると思います。野球の侍ジャパンの代表ユニフォームなどがあのようにブレイクする可能性はありますでしょうか?

半田:サッカーの日本代表ユニフォームでいうと、昔は3万着ぐらいしか売れなかったのですが、2002年の日韓ワールドカップで一気にお祭りムードで68万着にまで売れて、それ以来そのぐらいの枚数売れる市場ができてしまったということがあります。
このタイミングで一気に「サッカー日本代表の試合の日には、自国の代表ユニフォームを着るものだ」という生活習慣ができたんだと思います。その時の考え方は、「日本でお祭りの日にお祭りの服装をし、縁日で食し、お酒を飲む。」という習慣があるから、このワールドカップも、そういうお祭りなんだ、と理解してもらう。日本のそういう文化にならって、マーケティング施策を検討していったということです。
MLBでこうやっている、アメリカでこうだということを、日本に直接持ってきても、それは絶対にうまくいきません。やはり日本ではこうだから、こうやる、というその国その国の文化にあったマーケティング施策を実行していかないといけない。
野球の代表の試合日はこういう服装で、こういうことをする。そういう生活習慣をするように、日本市場を理解してマーケティングを仕掛けていくことで、もしかしたら野球はサッカー以上に可能性がある市場を創ることができると思いますよ。

石井:なるほど、それは楽しみですね、そのための鍵はどんなところにあると思いますか?

半田:やっぱりそれは仕掛けるメーカー側の人材に、そういう発想があるかということですね。ただアパレルを作っているだけではだめ。ライフスタイルを定着させる、という発想を持ったビジネスリーダーが鍵となるでしょうね。

■スポーツメーカーと野球のこれからの良い組み方

石井:世界的に見て、FIFAとアディダス、ナイキ、プーマなどのグローバルスポーツブランドは、相互に市場を成長させてきた協働関係が相乗効果を生んでいます。
野球はサッカーよりは世界的にマイナーなスポーツではありますが、これからのお互いの良い関係性、どのようなあり方が求められるでしょうか?

半田:グローバルスポーツブランドは、サッカーにおいてはワールドカップ、サッカー選手、各国の協会や連盟、代表チームなどの要素が連動して市場を大きくしていけるという手応えを感じていると思います。
そこにあるのはサッカーそのもののブランドストーリーを、大会があるたびに、そしてスーパースター選手が出てくるたびに、自分のメーカーのブランドストーリーと共に育てていけるという共存共栄関係があると思います。

石井:日本の国内のこれまでのメーカーの野球への関わりと比較するとどうでしょうか?

半田:野球の国内メーカーは、どうしても職人さんをベースとした「いい製品」を作って、それを多くの営業の人材が全国に売り歩いていくというビジネスモデルでやってきたと思います。
もちろんこれが悪いわけではありませんが、グローバルブランドからいくと、そこのコストは世界中の受注を集約し、生産コストを海外生産で削ることで、マーケティングコストをかけることができるようになった。そこで著名なアスリートと組むことなどによって、ブランドストーリーを高めることをしてきた。いわば自分のブランドでファンを「魔法にかける」といったことをすることによって、販売価格を上げ、利益率を高めることをしてきたわけです。
この相互にブランドストーリーを高める、といったことはスポーツビジネスのコンテンツビジネスとしての価値をすごく上げる効果があるわけで、結果的に関わったプレイヤーがみな儲かるわけですから、やっぱりやったほうがいいと思うんですよ。

石井:本当にそうですね。そうやって野球に関わるスポーツメーカーや、スポンサーといった人がもっともっと手を組んで、野球というものの存在を高めることによって、新たな野球の発展が見込めるわけですね。

半田:その通りだと思います。サッカー日本代表においても、アディダスとキリンが組んでTシャツをプレゼントするキャンペーンをやっていました。本来はメーカーやスポンサー同士が直接手を組んで、色々と新しいことを挑戦していくということが大事だと思います。
また、リーグや連盟がそういうイニシアチブを取っていくということがこれからはあるべき姿なのではないかと思います。

石井:そうなるためには、どんなことが大事なんでしょう?

半田:やっぱりそこの活用の仕方というのは、スポーツの現場の方が一番わかるわけです。ただ、実現するためにはいくつかの壁をのりこえなければいけない。それが結構面倒だということでやっていない人もいるのだと思います。
だから、現場の方のやっぱり努力や挑戦が一番大事になってくるんじゃないでしょうかね。
それを乗り越えていくのは、やっぱりストーリー。
グローバルブランドでは、make the story, tell the storyと言われたりしますが、そういったストーリーやメッセージを根気よく伝えていくことだからなんだと思いますね。
ずっとしつこく、変わらず伝えていくことがブランドマーケティングの本質であって、そういうことを知識だけでなく、やり続けることなんだと思います。

石井:やはり「続けること」が大事なんですね。ありがとうございました。

■インタビューを終えて
今回は、バンタンスポーツアカデミー主催の次世代スポーツカンファレンス「野球の現在と輝かしい未来」の内容と、直後のインタビューを踏まえて記事を作成しています。
カンファレンスは多くの聴衆が詰めかけ、満席でした。参加者より活発な質疑応答が行われ、普通のスポーツセミナーとは違う熱いディスカッションが交わされる場となっており、これからの野球界の未来を感じさせる場となっていました。


(取材/構成/写真:石井宏司)

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