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【野球の未来シリーズ:第2回】

日本代表「侍ジャパン」が切り開く!新たな野球市場発展の取り組み

野球

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「野球の未来」と名付けたシリーズの中で、今回は野球のビジネス面にフォーカスしたインタビューを掲載します。
取り上げるテーマは「新たな野球市場をどう広げるか」。

野球の日本代表「侍ジャパン」のマーケティングを手がける加藤氏にインタビューを行い、その発展の可能性を探っていきます。

【ゲスト】

株式会社NPBエンタープライズ

事業部兼広報部主任

加藤謙次郎

1979年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、2003年に東京急行電鉄株式会社入社。企業広報を4年間経験したのち、2007年株式会社ヤクルト球団入社。球団広報としてマスコミ対応のほかホームページ、SNS、マスコットプロモーションなどを担当。2014年より一般社団法人日本野球機構侍ジャパン事業部へ出向。同年11月より、侍ジャパン事業が株式会社化して設立された株式会社NPBエンタープライズの事業部兼広報部として、野球日本代表事業に従事。


【聞き手】

一般社団法人 日本女子プロ野球機構

事業理事

石井宏司

東京大学大学院にて認知科学、教育×ITについて研究。1997年にリクルートに入社し、インターネット関連の新規事業、エンターテインメントの新規事業、地方創生コンサルティング、人材コンサルティング、事業再生などに従事。その後野村総合研究所にて経営コンサルティング、スポーツマネジメントコンサルティングに従事。アメリカにてスポーツ×ITのテーマのカンファレンスに多数参加。現在は日本女子プロ野球リーグ事業理事。日本女子プロ野球リーグは、現在世界で唯一ある女性選手によるプロ野球のリーグ。日本の女子野球のレベルは世界ランキングNo.1で、世界大会は現在5連覇。世界でも活躍する選手が在籍しているリーグ。

■野球界の可能性と課題

石井:野球界の未来シリーズということで、今日は侍ジャパンのデジタルマーケティングのお仕事をされている加藤さんをお招きいたしました。
まずは早速野球界の「可能性」についてお伺いしたのですが、いかがでしょうか。

加藤:数値上で言うと、プロ野球は年間2000万人以上の方がご来場いただき楽しんでいただいている。こういったコンテンツビジネスは日本では他にはあまりないと思いますし、そこには可能性があると思います。スケールが大きなことができる、ということでしょうね。

石井:なるほどそうですね。逆に「課題感」としてはどんなことをお感じですか?

加藤:やはり競技者人口の減少、テレビの視聴率の減少などは厳しいところがあると感じています。

■ビジネスとして成長してきた野球界の10年

石井:元々はいつごろ、どんな経緯で野球界に入ってきたのですか?

加藤:2007年の時に、東急電鉄から転身をしました。そのころは2004年に球界再編制があった直後で、プロ野球界がどうなっていくんだろうという状況で、それを何とかしようという人が多くいて、いい意味での「熱さ」と「カオス感」があった時だと思います。

石井:ちょうど10年ですね。

加藤:そうですね。野球界はそのカオスな状況の中から、いろんな試行錯誤や、成功失敗パターンを積み重ねてきていると思います。ファンクラブにおけるCRM(Customer Relationship Marketing) の導入や、仮説を立てて指標を作り検証をしていく、データベースを作って一人一人のファンに向き合っていくなどのことは今や多くの球団が当たり前のように導入しています。
そういう意味では、ビジネスとして「何をやればいいか?」ということはかなりわかってきた10年だと言えると思いますね。

■マーケットをリードするスター選手を持続的にどう生み出すか

石井:野球に限らずプロスポーツを牽引する一つの要素は「スター選手」の存在ですよね。古くは王選手、長嶋選手に始まり、昨今ではまさに「規格外」大谷選手が登場し、これだけ野球が盛り上がっているという現象がそれを表していると思います。
もう一方でスター選手は最終的にMLBを目指し海を渡ってしまう、というビジネス上のリスクがあるように感じています。このことはどうお考えですか?

加藤:難しい問題ですね。2006年、2009年のWBCが盛り上がったのは、一つはMLBに行った選手が帰ってきてくれた、ということがあったと思うんですよ。
今回は青木選手が帰ってきれくれましたが、それが続くことは保証できない。とすると、トッププロ選手がMLBに行く、代表選手に参加できないということを前提に、そのことを現実として受け止めて考えていかないといけなと思います。
とすると、やっぱり日の丸を背負った日本の選手が世界で活躍する。それが子どもたちにとっても自分たちの代表だというように思えるようにしていくことが大事だと思います。
そのために、侍を全世代に拡大しよう、という戦略が生きてくると思います。ジュニアの世代から日本代表という存在があることによって、そういう意識が芽生えやすくなるのではないでしょうか。

■女性、若者をどう野球に引きつけるか

石井:野球のファンが、放置すると男性の野球経験者、40代以上になっていってしまい、縮小してしまうということは以前から言われています。
昨今野球界が努力して女性のファン獲得をしてきて、成果が出てきていると思いますが、この現象についてはどうお考えですか?

加藤:最近になってカープ女子などがメディアで取り上げられるようになってますが、実は他の球団もかなり前から女性に対する色々な取り組みはしてきています。細かい分析はもう少しする必要があると思いますが、12球団の様々な地道な取り組みが、今になって相乗的に結果として出てきた、と考えています。
ただ、今年久しぶりにディズニーランドに行ったのですが、一歩入るとそこで老若男女が年齢問わず弾けて楽しんでいる様子を見ていると、まだまだ野球界もやれることがあるなと感じています。もちろん野球界もスタジアム(競技場)から、ベースボールパーク(楽しむ場所)という戦略転換をしてきている球団が多い。でも、もっとディズニーランドのようによりそこの世界観を楽しんでもらうような空間設計、場のデザインをすることで、新らしいファンを増やしたり、既存のファンにもっと楽しんでもらったりすることができるようになるのではないかと感じています。
カープ女子はまさにその世界観が明確になった事例なのではないでしょうか。

石井:競技のマーケットを考えた場合、サッカーではJリーグに加え、日本代表という大きな市場があり、そこでのアパレルやチケット、放映権料が大きなビジネスになっていると思います。それを意識して実行しているのが侍ジャパンの戦略だと思います。ただ、例えば日本代表のユニフォームなどはもっと可能性があるマーケットなのではないかと感じますが、そのあたりはどんな取り組みをなされているのですか?

加藤:昨年11月の代表強化戦を見ていても強く感じたのですが、今はまだ「日本代表を応援に来ている」、というよりは、12球団の野球ファンが、「自分のユニフォームを着て自分の球団の選手を応援に来ている」という感じでしたね。カープのユニフォームや、タイガースのユニフォーム、それぞれの球団ユニフォームを着ている。
これはこれで各球団の「試合日は自分が応援しているユニフォームを着る」という習慣が定着したという意味では成功であると言えますし、「代表戦は代表のユニフォームを着る」というところまではいたっていない、とも言えます。

石井:なるほど、可能性はあるが、まだこれからということですね。全日本のユニフォームを着るトレンドを作ろうとされている加藤さんは、具体的にはその現状に対して、どんな施策をされているのですが?

加藤:自分の球団のユニフォームに愛着を持って着始めた人に、いきなり今日は代表戦だから代表のユニフォームを着てくれ、という風に一足飛びにはいかないと考えています。 だからこそ、ちょっとずつ、そこの心理的な距離を近づけていこうという作戦に出ています。
例えば11月の代表強化戦でやったことの一つに、侍のフェイスシールをどんどん配る、ということをやりました。それでどんどんInstagramに上げてもらうという感じでやりました。
また、ファンの球団愛を活用し、侍ジャパンを応援してもらう一歩手前のフックの施策として、12球団とのコラボチケットということをやってみました。例えばカープ坊やに侍のユニフォームを着せて、侍坊やと名付けてみたり。つば九郎に侍ジャパンのユニフォームを着せて登場させるとか。12球団のものに侍のエッセンスを混ぜてくださいという作戦を今はとっています。

石井:なるほど!面白いですね!

加藤:こういうことをいくつか積み重ねていくことで、野球オリジナルなあり方や発展ができるように感じています。

石井:もう一つ、ジュニア世代に対する取り組みとしては、具体的にどのようなものがありますか?

加藤:ジュニア世代に関しては、ただ野球でせめるということは難しいでしょうね。公園で子どもたちが草野球を楽しんでいた時代とは違うわけですから、楽しみ方を昔と違う形で教えないといけない。
「野球」というものの出会い方を変えていくとか、野球の興行のあり方そのものを見直していく必要があるかもしれませんね。
今年のファン感謝デーであれば、例えばロッテマリーンズで、コナミのパワフルプロ野球をゲームが得意な子どもや若い層と、選手が対戦するみたいな挑戦をしていたわけですが、ああいったアプローチが大事になってくると感じます。

■野球を1年続けて楽しめるスポーツへ

石井:プロスポーツでいうと、試合があるオンシーズンにはビジネスチャンスがあるのですが、オフシーズンはどうしても稼げないという構造もあると思うのですが、そこはどう今後改善をしていくと良いとお考えですか?

加藤:私は球団(ヤクルト)の広報をしていたのですが、結構1年を通じて忙しいんですよ。シーズン前には自主トレーニングがあり、2月からはキャンプが始まる。終わったらドラフトがあり、ファン感謝デーがある。試合以外にもイベントは色々とあるわけです。
ただ、それを既存の野球ニュースや、スポーツ新聞や、インターネットのスポーツメディアだけに流して満足していたら、それを読んでいるファンにだけ届いて終わり、それ以外の人に届かなくなり、だんだんと市場が小さくなっていってしまう。
ある意味カレンダーは毎年ほぼ固定しているので、それを新たなファンにどうフックをかけていくか、という発想を持つことが大事なんだと思います。
今ファンの人も、ファンでない人も今はキャンプだ、とか。野球の開幕はいつからだ、ということがわかっている状態を目指すことが大事なんだと思うんですよね。
そういう意味では、数年前から年末の風物詩として、テレビ番組でトライアウトの番組がやられるようになって、必ずしも野球ファンじゃない方もドキュメンタリーとして見ていただいている現象なんかがある。野球の試合の視聴率よりも高かったりします。

石井:本当にそうですね。今年はトライアウトを阪神甲子園球場でやったら満席になってしまって、毎年見にいっている人が入るのに苦労したみたいなことまでなっていたらしいですね。

加藤:そうなんですよ。あれは偶然な要素も重なっているのですが、とにかく楽しんでいる人がいる。オフシーズンもファンをひきつける組み立てをどうできるかだと思うんですよね。

■野球以外の世界が広がるインターネットで広がる中で、どう存在感を出していくか?

石井:最後に、今スマートフォンが普及し、野球以外のいろんな時間の使い方が流行し、野球以外のインターネットの空間やコミュニティが急速に拡大してきていると思います。
こういった中で、「野球」はどう存在感をアピールしていけばいいのでしょうか?

加藤:侍ジャパンの取り組みでいうと、そういうそれぞれ個性的なコミュニティと野球がうまく橋がかかるようなコンテンツとのコラボレーションを始めています。
たとえば日本ではtwitterが爆発的に拡大しているという傾向があって、そこにおそ松さんが好きというコミュニティがあり、だったらおそ松さんと侍ジャパンで組もうと。
あるいは若槻千夏さんが非常に女性のフォロワーを集めていて、じゃあその若槻千夏さんプロデュースの「クマタン」というキャラクターと組もうとかいう発想になるわけです。
また、2月には少年ジャンプの「僕のヒーローアカデミア」とのコラボレーションをさせていただいているのですが、これの企画チケットの売れ行きが良かったりします。

石井:そういう侍ジャパンというコンテンツと、世の中の野球とはつながってないけれど、人気があるコンテンツのコラボレーションをうまくプロデュースするのって、いったいどういうコツがあるんですか?

加藤:まず大事なことは、直接交渉をするということです。代理店を通さないで、直接電話をするということ。
あとは会って話していく中でこちらだけでなく、相手も価値を感じていただくという風に話をしていくことが大事ですね。
そうなる可能性が高いのは、すでに流行しているというコンテンツというよりも、これから伸びていく可能性が高いという成長前夜のコンテンツですね。向こうも向こうでこれからメジャーになるように侍ジャパンにフックをかけて成長していく、と思ってもらえると、のってきます。一緒にやっていきましょう、となります。

石井:なるほど、コラボレーションしてお互いに価値を見出せるコンテンツの成長ステージみたいなものを見るのがコツなのですね。よくわかります。

■侍ジャパンの中長期的ブランド戦略

石井:侍ジャパンが本当に日本代表として発展成長していくためには、今後やはりそこのストーリーを積み重ねていって、誰しもが「侍ジャパン」という存在をすごく特別で、プレミアムな存在だと認知していくブランド戦略が重要だと感じます。
そのことについて加藤さんはどういうブランドストーリーを作ろうとされているのですか?

加藤:まずはそのためには、侍ジャパンが正真正銘、その世代で最強のチームであることが重要であると思います。ベストな選手を集めているからこそ、侍ジャパンの正統性が出てくる。
しかし、アンダーの世代の選手でいうと、これまで日本代表を選考したことがない、という世代もあります。これまでは何かの大会で優勝したチームをそのまま代表と認定して出していたという時代もありましたが、やっぱりそれでは侍ジャパンという名にはふさわしくないだろうと思います。そのため、編成の仕方を各連盟さんと話し合いながら変えてきた、という経緯があります。
ブランドマネジメントの観点から、本気でそこを突き詰めていくということがやっぱり大事だと思います。
そのためにU-12の世代は初めてインターネットで応募をかけるという、デジタルチャレンジみたいな挑戦をやって、隠れた野球選手を発掘するということもやり始めています。

石井:なるほど、そうやってチームの選出方法も新たに考えて、進化させてきているわけですね。他には大事なことってありますか?

加藤:全日本の代表が海外に遠征に行くと、やっぱり他国のチームからすごいと言われる。それは強いこともあるのですが、それ以外に道具の使い方とか、振る舞いとか、練習の仕方ということも含まれてすごいと評価されるところがあるわけです。
そういったところもブランドストーリーを作っていく上で重要なことだと感じます。

石井:かつて日本車が海外で壊れないとか、燃費がいいとかいうブランドをえて成長してきたように、日本の野球そのものもそういったブランドを形成していくことで、海外に向けてアピールしていける可能性があるということですね。

今日はありがとうございました。

■インタビューを終えて
今回は、バンタンスポーツアカデミー主催の次世代スポーツカンファレンス「野球の現在と輝かしい未来」の内容と、直後のインタビューを踏まえて記事を作成しています。
カンファレンスは多くの聴衆が詰めかけ、満席でした。参加者より活発な質疑応答が行われ、普通のスポーツセミナーとは違う熱いディスカッションが交わされる場となっており、これからの野球界の未来を感じさせる場となっていました。


(取材/構成/写真:石井宏司)

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