「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

“悪童”キリオスがテニス界の福利厚生に一役? 錦織とは互いに敬意を払う関係

2019 9/4 11:00橘ナオヤ
男子プロテニス選手のニック・キリオスⒸゲッティイメージズ
このエントリーをはてなブックマークに追加

Ⓒゲッティイメージズ

“悪童”ぶりは健在

テニス全米オープン1回戦の試合後に「ATPは腐っている」と男子プロテニスを統括する男子プロテニス協会(ATP)を批判したニック・キリオス。ATPは重大な規定違反に当たる可能性があるとして調査を開始する事態にまで発展した。 事の発端は8月にアメリカのオハイオ州シンシナティで行われたウェスタン&サザン・オープン(ATPマスターズ1000)、第10シードで参戦した男子シングルス2回戦でのこと。キリオスはカレン・ハチャノフ(ロシア)との試合で、主審のファーガス・マーフィー主審を何度も怒鳴りつける、悪態をつく、ハチャノフのサーブに反応しない、勝手にトイレットブレークを宣言しトンネルでラケット2本を破壊する……などの行為に及んだ。

これを受けてATPはキリオスが行った一連の行為に対して、計11万3,000ドルもの罰金を科した。これは、一度に科される罰金として史上最高額。その話題性からメディアが全米1回戦後に罰金についてコメントを求めたタイミングでキリオスの不満が爆発した形だ。

これでキリオスの主な罰金の総額は30万ドル(約3,200万円)を突破。テニス界きっての“悪童”ぶりは健在だ。

罰金総額は33万ドル

2013年にプロデビューしたキリオスは、ジュニア時代にグランドスラム優勝経験もあるセンス溢れるプレーヤーだ。だが気分屋な性格が災いし、これまで多くの騒動を起こし、毎年のように高額な罰金を命じられている。

最初にキリオスが高額な罰金を受けたのは2015年の全豪オープン。暴言とラケットの破壊により受けた罰金額は4,926ドル。さらにロジャーズ・カップでは、対戦相手のスタン・ワウリンカ(スイス)の交際相手を巡る発言で12,500ドル、更にウィンブルドンでも約15,000ドルの罰金処分を受けた。

翌16年もその勢いは衰えず。全豪、全仏、ウィンブルドンのグランドスラム3大会で暴言による罰金。さらに上海マスターズ(ATP1000)ではやる気を欠いたプレー、観客への暴言、スポーツマンシップに反する行為などを咎められ、合計で約53,500ドルの罰金と8週間のATP大会の出場停止を言い渡された。

17年には上海で再び騒動を起こし罰金と資格停止処分を受けたほか、全米でも罰金を受け、グランドスラム全てで高額の罰金を科される不名誉な記録を樹立。18年も下記の2大会だけで20,000ドル近く支払った。

19年5月のイタリア国際(ATP1000)では椅子を投げ、途中で試合を放棄したため失格処分。この試合では暴言、水のボトルを蹴る、椅子をコートに投げつけるなどの行為により罰金20,000ドルを科された上、賞金33,000ドルも没収。そしてシンシナティでは上述の史上最高額の罰金を言い渡された。ここに挙げたものはあくまで高額な罰金だけ。それでも33万ドル近くという莫大な金額になっている。

罰金の概算ⒸSPAIA

ⒸSPAIA

悪童ぶりが後進の育成に貢献?

キリオスに課せられた多額の罰金は彼にとっては不名誉な記録でしかなく、テニス界にとってもイメージダウンだとして度々非難を浴びている。だが意外にも、キリオスのお騒がせぶりがテニス界に貢献しているという見方もある。

ATPの大会やグランドスラムで選手に科せられた罰金は、テニス界の育成や福祉目的に使われている。グランドスラムでの罰金はグランドスラム・ディベロップメント・ファンドという基金に寄付され、新興国における競技振興のために使われる。またATP大会での罰金は、現役・引退選手やその家族が重病に罹った際の経済支援に用いられる。

皮肉にもキリオスの傍若無人ぶりは、テニス界の福利厚生に一役買っていると言えないこともないのだ。

錦織とはトラブルなく、互いに称賛し合う間柄

トラブルメーカーのキリオスだが、それも相手次第。その代表として錦織圭を例に挙げる。これまで両者は4戦し、錦織が全勝している。だが、キリオスは一度も無気力なプレーや悪態、試合放棄といった“暴挙”に出ていない。それどころか、敗戦後はいつも錦織のプレーを絶賛し、負傷の際にはエールを送るなど、一貫して敬意を示し続けている。錦織もまた、キリオスに貼られた“悪童”というレッテルに疑問を呈し、その能力の高さを評価している。

互いにリスペクトする関係の裏には、人種の問題があるという指摘がある。ギリシャ人の父とマレーシア人の母を持つキリオスのアイデンティティは多様性に富んでおり、オーストラリア育ちのギリシャ正教会の信徒だ。そして、人種的には錦織と同じアジア系。

今でこそアフリカ系やアジア系の選手も活躍しているテニスだが、もとはヨーロッパで生まれた白人のスポーツだった。それは、グランドスラムや歴史ある大会の開催地を見れば一目瞭然。テニスの試合中に明らかな差別問題が発生することは滅多にないが、ATPランク上位はいまも白人が多い。

それも関係してか、若い頃にキリオスが疎外感を感じていたという報道もある。そんな中、キリオスに声をかけ練習相手になったのが錦織だった。自分に対してリスペクトを寄せてくれること、そしてアジア人ながらトッププレイヤーにのし上がる姿に敬意を示しているようだ。

彼に必要なのはリスペクトか

錦織以外にも、自身に敬意を示してくれる選手には好意的だ。時折キリオスの言動に苦言を呈するラファエル・ナダル(スペイン)には、都度好戦的な態度を示してきた。一方で彼を擁護し、能力の高さを評価するロジャー・フェデラー(スイス)やアンディ・マリー(英国)に対しては、好意的な意見を寄せている。

一見、理不尽に暴れ出すと思われるキリオスだが、敬意を払われていないと感じ激高しているようにも感じる。しかし、その原因は“悪童”というレッテルを貼られるに至った彼自身の言動にあるのは明らかで、非はキリオスにある。

彼の成長を望むのであれば “悪童”というレッテルで判断するのではなく、周囲の人間が錦織やフェデラーのように敬意を持って接することが必要だろう。そうすれば近い将来、選手としてより一層危険な存在となったキリオスを見ることができるかもしれない。多額の罰金を受け取ってきた基金の財源は減ってしまうだろうが。

《関連記事》
錦織圭と大坂なおみの混合ダブルス出場はあるか 東京五輪のテニス代表選考基準
日本テニス界の新星・望月慎太郎を育んだ「盛田ファンド」とは?
男子テニス界の英雄フェデラー 史上2人目の通算100勝