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渋野日向子と古江彩佳が米女子ゴルフツアーで成功するために必要なこと

2022 1/7 06:00森伊知郎
渋野日向子と古江彩佳,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

プロ1年目から毎日英語を覚えていた宮里藍

昨年12月に8日間、144ホールに渡って争われた米女子ツアーのQシリーズ(予選会)では古江彩佳が7位、渋野日向子が20位となり、2022年シーズンのツアー出場資格を得た。

とはいえ、今はまだスタートラインに立てることが決まったばかり。彼女たちが目標にしているであろう、来シーズン以降の出場資格を獲得すること、さらには優勝といったことを実現させるためには、何が必要なのかを考えてみた。

まず、やはり大事なのは「言葉」だ。私が取材した中で、海外で結果を出した選手の代表格が宮里藍さんと中田英寿さん。二人には、こんなエピソードがあった。

藍さんが高校を卒業したばかりの、実質プロ1年目のあるトーナメントでのこと。ラウンド後の練習の際にヤーデージブックに何やら書き込まれているのが見えた。

通常書き込むのは、ティーショットがどこに飛び、残り何ヤードを何番アイアンで打ったらどこに乗った、あるいはグリーンの傾斜など。それらとは明らかに違うことが気になったので、お願いして見せてもらうと、そこに書いてあったのは「May I have a cup of water」(コップ一杯の水をもらえますか?※実際に書かれていたのは英語のみ)の一文だった。

思わず「これ、何?」と聞くと藍さんは「アメリカに行きたいから、毎日ひとつ何か英語を覚えるようにしているんです」と教えてくれた。この意識の高さであっという間に上達。2006年に主戦場を米女子ツアーに移した当初はテレビのインタビュアーが質問する際は「外国人向け」のゆっくりした聞き方だったのが、数年後には「普通に英語を話せる人」を相手にした聞き方になり、藍さんも通訳を介さずにスラスラ対応していたのが印象的だった。

米女子ツアーで通算9勝。日本人ゴルファーで男女を通じて唯一の世界ランク1位になれたのは、こうして言葉の壁を乗り越えていったことも大きな要因のはずだ。

通訳なしでイタリア生活に順応した中田英寿

サッカー元日本代表の中田さんも早いうちから海外への移籍を意識し、英語はそれなりに勉強していた。だが1998年にフランスワールドカップが終わった後、初めて海外で所属したチームはイタリアのペルージャ。中世の趣が残る素敵な街には私も行ったが、当時はホテルなどを除けば街中でもチームでも英語が通じる人はほとんどいなかった。

スマホの翻訳ソフトなどない時代(そもそもスマホもまだなかった)、中田さんには現地在住の日本人が通訳として付き、練習以外の生活面もサポートしていたのだが、シーズン後半になるとチームメートと食事に行く際などは通訳に「自分で頑張るから来なくていい」と言って、直にコミュニケーションをとっていたという。

意思の疎通という面では相当な不便があったはずだ。それでもこの姿勢はチームメートに評価されるし、言葉を覚えるのも早い。グラウンド外の生活までをサッカーのために費やした努力がその後の強豪ローマへの移籍につながり、セリエA優勝チームの一員となった一因でもあるだろう。

高級ホテルよりモーテルが便利

話はゴルフに戻り、異国から米ツアーに来た選手たちがその生活に慣れていくために必要なこととして、こんなことが言われていたのを思い出す。

「1年目はホテルとコースまでの道順を覚えろ」

「2年目は食事をする店を覚えろ」

「それができたら、3年目はゴルフのことを考えろ」

言うまでもなく、ゴルフのツアーは毎週異なる会場を転戦する。そこで重要になるのが、まずはどこに泊まるかだ。古江は2020~21年シーズンの日本ツアーで2億円超。渋野も8000万円近くを稼ぎ、他にもスポンサー収入などがあるのだから、いいホテルに泊まればいいじゃないか、と思うかもしれない。

しかし、ゴルフのツアー転戦については高級ホテル=使い勝手がいいホテル、とは限らない。部屋数が数百もあるような高級ホテルだと駐車場も広大、あるいは何階建てにもなっており、空いている場所を探すのに時間がかかったり、運悪く遠い場所にしか止められないケースもある。

こうしたホテルでは、日本ではあまりなじみのないバレー(valet)パーキングシステムがある。これは正面の車寄せに車を着けると、担当のスタッフが代わりに運転して駐車スペースに止めてくれるサービス。出発の時は、受け取ったチケットを見せると、やはりスタッフが駐車場から車を運んできてくれる。

確かに便利だが、多くの人が同じような時間に集中する出発時は、混雑していると車に乗れるまで10~20分かかることもある。スタート時間から逆算して行動する朝に、この無駄は大きい。そのため男女の米ツアーでは「モーテル」と呼ばれる、低層型で部屋の目の前に車を止められるタイプの宿泊施設を利用する選手やキャディーをよく見た。

モーテルは長期滞在者を意識して、部屋にキッチンや大型の冷蔵庫が備わっていたり、コインランドリーの台数も多い。日没サスペンデッドまでプレーをして翌日の早朝から再開となった時などは混んでいるレストランに行くより食事の時間も節約できるし、クリーニングに出していたら間に合わない洗濯もできるので、ゴルフのツアー転戦には何かと具合がいい。

おいしい寿司屋を聞いてきたミシェル・ウィー

こうして使い勝手のいいホテルを覚えたら、次は「食」だ。田舎街で開催されることの多いツアーの転戦で、自分の舌にあった料理が食べられる店を見つけるのはとても大事なこと。

ネットやSNSの発達でどんな店があるかは簡単に把握できるようになったとはいえ、自分の好みに合っているかどうかはやはり食べてみないとわからない。

スポーツ選手は体が資本。そのために食事が大事なのは言うまでもなく、舌に合わないモノしか食べられないと大きなストレスを抱えるはめになる。

ここで思い出すのがミシェル・ウィーだ。両親とともに寿司が大好きなのだが、まだアマチュアの時に、周りの選手も関係者もアジア人がほぼいない、という試合に取材に行った時のことだった。父親が私の顔を見るなり言ってきたのが「この街でいい寿司屋を教えてくれ。日本人の君たちが美味しいと思えるなら、私たちも行くから」だった。

寿司に対する味覚が欧米人とでは若干異なることを見越して、私に毒見だか下見を依頼してきたのだろう。その日の夜に目星を付けた店の一つに行き、翌日「○○という店は良かったよ。ミシェルが好きなミル貝も美味しかった」と伝えると、さっそく出かけて行った。

そして次の日には「とても美味しかったよ、ありがとう」と一家で満面の笑み。充実した食事がいかに大切かということを感じさせられたシーンだった。

渋野も古江も周りには優秀なスタッフがおり、言葉やレストラン探しといったことは自分ではほとんど何もせずに済ませることもできるだろう。だが、せっかく異国に職場を移すのだから、できるだけ多くの経験を積んで、人間としても強く、成長してほしいと思う。

《ライタープロフィール》
森伊知郎(もり・いちろう)横浜市出身。1992年から2021年6月まで東京スポーツ新聞社でゴルフ、ボクシング、サッカーやバスケットボールなどを担当。ゴルフではTPI(Titleist Performance Institute)ゴルフ レベル2の資格も持つ。

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