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羽生結弦の言葉が誰の心にも刺さる理由

2020 4/23 10:00前田ゆかり
平昌五輪で会見する羽生結弦Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

五輪連覇後の記者会見での羽生結弦の言葉

原稿などのない記者会見での切り返しが、まるで演説のように人々に感銘を与える。教科書に載せたくなるような羽生結弦の言葉は枚挙にいとまがない。彼の言葉はなぜ誰の心にも刺さるのだろうか。まずはこの言葉から紹介したい。

「芸術というのは、明らかに、正しい技術、徹底された基礎によって裏付けされた表現力、芸術であって、それが足りないと芸術にはならないと僕は思っています」

どんな文脈で語られたかというと、2018年の平昌五輪で歴史的な五輪連覇の金メダルを手に、帰国後に行われた外国人特派員協会での記者会見のなかでのひとコマ。フィギュアスケートにおける芸術性についての質問が向けられた。

―以前、「真・4回転時代“True Quad Era”」という表現を使われていたが、ジャンプでの点数の決め方、そして芸術性とのバランスということがフィギュアスケートにはあると思います。世界スケート連盟(ISU)が今、それを改正しようとしているという情報がある。それについてのコメントを。

「僕の耳のほうにも、もしかしたら来シーズンから大きなルール変動があるかもしれないということは聞いています。芸術がものすごく必要である競技が故に、技術的なものが発達し過ぎると、どうしてもそれ、その技術にふさわしい芸術が足りないということをよくフィギュアスケートでは言われます。

ただ、芸術、バレエとか、例えばミュージカルとかもそうですけれども、芸術というのは明らかに正しい技術、徹底された基礎によって裏付けされた表現力、芸術であって、それが足りないと芸術にはならないと僕は思っています。

だからこそ、僕はジャンプをやる際、ステップをやる際、スピンをやる際、全てにおいて正しい技術を使い、そしてそれを芸術として見せることが一番大切なことだと思っているので、もちろん選手によってはすごくジャンプが大事っていう人もフィギュアスケーターの中ではたくさんいるし、それで勝ってきている人もいます。ただ、僕は難しいジャンプを跳びつつ、それがあるからこそ芸術が成り立っているんだなというようなジャンプをこれからもしていきたいなというふうに思います」


続く日本記者クラブの会見でも、上記の言葉を受けてのさらなる質問と回答もあり、その受け答えには「これほど完璧な登壇者は見たことがない」「質問が事前に提示されたとして、回答原稿を準備しろといわれても、こうは書けない。脱帽である」とのレポートもあった。

16歳から持っていたプログラムの完成形のイメージ

このような言葉を、あらかじめ用意していたのかといえば、そうではない。彼はここまでスケートをしてきた中で、それについての答えをずっと深く深く考えていた。

シニア2年目、16歳の羽生結弦が、当時まだ跳べる選手も少なかった4回転ジャンプの確率を急速に上げながら考えていたこと。

「4回転(ジャンプ)を、表現の一部、プログラムの一部としてしっかりできたらなと、今は思っています」(2011年11月7日 テレビ朝日「報道ステーション」より)

若いながら明確な技術力で4回転ジャンプを跳び、そのジャンプを単体ではなく、プログラム全体を通して完成形とするイメージを持っていたことがわかる。4回転時代の幕開けからずっと第一線でこの競技を牽引してきた彼が、一番大切にしていること。それは今に始まったことではない。

にわかに出てきたルール改正という話題に関する問いかけであっても、自分のやっているスポーツに対する姿勢や目標を常に真摯に考え続けているからこそ、その真髄ともいえる思いが、万人に感銘を与える言葉として紡ぎ出されたと考えられる。

平昌五輪会場入り直後の強気な発言

羽生結弦が自ら「今のスポーツマンのなかではかなり勝気だな、ビッグマウスだなというふうに思われるようなほうだと思います」と言っているように、強気な発言ととれる言葉も少なくない。

平昌五輪の会場入り直後には、こんな発言があった。

―連覇がかかることについて。

「もちろん、そういう気持ちは少なからずありますし、自分に嘘をつかないのであれば、二連覇したいというふうには思っています。ただそれだけが目的ではなく、五輪というものをしっかり感じたいと思っています」

―コンディションは何%か。

「えっとー、そうですね、まだ滑ってないのでわからないです。ただ、団体戦も見ていましたけれども、どの選手よりも、一番勝ちたいという気持ちが強くあると思いますし、どの選手よりもピークまで持っていける伸びしろがたくさんある、選手の一人だと思っているので、しっかりと頂点というものを追いながら、頑張っていきたいと思います」

また、ショートプログラム(SP)で首位に立った後には、下記のような言葉も。

―なぜ久しぶりの試合で、五輪でこういう演技ができたのか。

「僕は五輪を知っていますし、大きいことを言うなと言われるかもしれないが、僕は元・五輪チャンピオンなので、そのリベンジしたい……、リベンジというのもおかしいですけど、(前回のソチ大会の)フリーのミスが、やはりここまで4年間強くなった一つの原因だと思っている。また明日に向けてリベンジしたい」

自分に嘘をつかない

これらの発言から浮かび上がってくるのは、どの場面においても「自分に嘘をつかない」ということ。自分にも周りにも常に誠実に向き合っていることがわかる。勝気な性格であることを認めた上で、自分の本心を分析しながら、答えているのである。

その背景には、ソチ五輪のフリーでのミスがあり、羽生自身が「自分は金メダルを意識していないと思っていた。でも実際はその自分の本心に気づいていなかった。それがミスにつながった」という分析を下していたこともある。

そんな経験も糧にして、とことんまで自分の本心を見つめている。その誠実な態度から発せられる言葉は、強い信頼感を生み誰の心にも刺さるのだと考えられる。

スーパースラム達成後の率直な言葉

2020年2月には、四大陸選手権においてスーパースラム(ジュニア、シニアを通じ主要国際大会のタイトルを全て獲得)を達成した羽生結弦。自身の(現時点での)最高傑作といえる芸術的プログラム、「バラード第一番」と「SEIMEI」を披露した。とくにSPでは、全ての要素をノーミスでこなし、会心の演技を見せた。

「久しぶりに、スケートをやっててよかったな、って思いました。ただショートに関してはホントにやってて楽しかったなってすごく思えたし、やっぱりこの達成感とか爽快感とか、自分を表現するってことに関してはやっぱりフィギュアスケートしかないなって思うんですよね。だからやっててよかったです」(2020年2月9日、試合終了後<2/10フジテレビ>)

以前からの彼の哲学とも言える、正しい技術に基づいた要素を揃え、その要素をシームレスに表現するという方向性が間違っていないことを彼自身、再認識した。

そして、少年のような純粋な心を持ち続けている様子が、その率直な言葉から垣間見えた。自分が夢中になれることがあると思わせてくれる。

自分に嘘をつかず、真摯にスポーツに向き合う彼が紡ぐ言葉は、これからも万人の心を捉えて離さないだろう。

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