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ボクシング井岡一翔、前日計量で40グラムオーバーは失態だったのか?

2022 7/17 06:00森伊知郎
井岡一翔,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

トイレで用を足してパス

ボクシングのWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ(13日、東京・大田区総合体育館)で王者の井岡一翔(志成)はドニー・ニエテス(フィリピン)に3-0で判定勝ち。2018年大みそかに敗れた相手に完勝して5度目の防衛に成功した。

その井岡は前日計量で当初40グラムオーバーだった。すぐにトイレで用を足してパスしたものの、日本歴代トップの世界戦勝利数「20」を誇る王者らしからぬように見える出来事は、なぜ起こったのか。

世界戦の前日計量で選手がオーバーすると、その場の雰囲気は何とも気まずいものになる。ルールでは2時間以内に再計量してパスすればOK。その間に何度、秤に乗ってもいい。

サウナに飛び込む。炎天下にサウナスーツを着込んで走りに行く。ガムを噛んでひたすら唾を出そうとする。選手の体調やオーバーした数値によって対処法は様々だが、次に秤に乗るのが5分後なのかリミットの2時間後ぎりぎりなのかはわからないので、役員やメディアはひたすら待つことを強いられる。

それが今回の井岡は、トイレで用を足して、わずか5分ほどでクリアした。「先にトイレに行っておけばよかった」とは単純ミスといえなくもないが、実質的には完璧な減量をしていたことになる。

7年前の世界戦でも“オーバー”

実は井岡が世界戦の計量でオーバーしたのは今回が初めてではない。2015年4月、当時のWBA世界フライ級王者だったファン・カルロス・レべコ(アルゼンチン)に挑戦した際の前日計量で秤に乗ると、わずかにオーバー。この時はその場でパンツを脱ぎ、全裸で再計量してすぐにパスした。

ちなみに井岡は、2010年10月の日本ライトフライ級王座決定戦の前日計量でも全裸になったことがある。

筆者は2015年の計量会場にいて、非常に驚いた記憶がある。周りもメディアも少なからず驚いていた。すぐにパスしたとはいえ、3階級制覇をめざす選手がしたことは、失態ではないのか。そう思って複数回数の防衛経験がある元世界王者に聞いてみたところ、厳しい意見どころか「落ちると思っていたのでしょうね」と実にアッサリとした言葉が返ってきた。

7年前は試合前日の昼12時から調印式が行われ、続いて1時から計量が行われるスケジュールだった。それが、書類へのサインや試合で使うグローブを決める調印式がスムーズに終わったことで、計量まで30分ほど時間が空いた。計量にパスすれば水分や食べ物を補給して体調を回復できるので、選手としては早く済ませたい。そこで王者のレベコ陣営が「このまますぐに計量をやろう」と要求し、急きょ予定が早められた。

前出の世界王者は「本来の計量時間より30分ぐらい早まったんですよね? 30分あれば座っているだけでも基礎代謝で50グラムは落ちるんです。そうやって逆算して、例えば家を出るのが2時間前なら○グラムオーバーで大丈夫。会場に1時間半前に着いた時点で○グラムオーバーなら予定通り、と。そこまで考えて体重を調整するんですよ」と説明してくれた。

つまり、30分ほど後の予定時刻に秤に乗っていればリミットぴったりになっていたはず、ということ。それが早まった分、わずかにオーバーしていただけなので慌てることなく、最も手間がかからない下着を脱ぐという手法を取ったというわけだ。翌日の試合は2-0で判定勝ちし、叔父の弘樹氏が3回失敗して「井岡家の悲願」と言われていた3階級制覇を達成。減量のミスや体調不良はなかったことを証明した。

分単位、グラム単位でウェイトコントロール

今回もトイレですぐに排出できる水分が体内に残っていたのは、決して無理な減量をしていたのではない証でもある。

これが数百グラムや、1キロを超える数値でオーバーしたとなるとプロとしては失格レベル。一方で、極限まで体重をそぎ落とす作業を必要以上にやってしまうのは、無駄に身体に負担をかけることになる。それを計量の時刻に合わせて分単位、グラム単位で調整するのは見事としか言いようがない。

「4階級王者が計量オーバー」の見出しが躍ると“大事件”のように見える。だが今回の場合は、大騒ぎするほどのことではなかったのがその実情だ。

《ライタープロフィール》
森伊知郎(もり・いちろう)横浜市出身。1992年から2021年6月まで東京スポーツ新聞社でゴルフ、ボクシング、サッカーやバスケットボールなどを担当。ゴルフではTPI(Titleist Performance Institute)ゴルフ レベル2の資格も持つ。

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