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コロナ禍の逆境だからこそジョージ・フォアマンに学ぶ「夢を叶える方法」

マイケル・モーラーをKOしたジョージ・フォアマン,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

当時最年長の45歳9カ月で世界王座に就いたフォアマン

かつてプロボクシングで45歳9カ月の最年長世界王座奪取記録を持っていたジョージ・フォアマンというボクサーがいた。無敗のまま24歳で世界ヘビー級王座に就いたものの、全盛期を過ぎたと見られていたモハメド・アリに痛烈なKO負けを喫して引退。宣教師に転身したが、38歳で現役復帰してベルトを奪回した伝説の名王者だ。

コロナ禍が収まる様子もなく、凶悪犯罪や事件も後を絶たない閉塞感が漂うストレス社会で、フォアマンの生き様は希望を見出すヒントになるのではないか。改めて波乱万丈のボクサー人生を振り返ってみたい。

メキシコ五輪金メダルからプロ転向後38連勝で世界ヘビー級王座獲得

フォアマンはアメリカ・テキサス州出身。貧しい家庭で育った少年時代は喧嘩に明け暮れたという。しかし、アマチュアボクシングのリングに上がると類まれな才能を発揮。19歳でメキシコ五輪に出場し、ヘビー級で金メダルを獲得した。

五輪後にプロ転向し、破格のパンチ力で連戦連勝。1973年1月、「最強」の名を欲しいままにしていたジョー・フレージャーをわずか2回で粉砕し、世界ヘビー級のベルトを強奪した。

当時24歳。戦績は38戦全勝(35KO)というパーフェクトレコードだった。

その後、日本のリングにも上がり、日本武道館でジョー・キング・ローマンを1回KO。1974年3月には「モハメド・アリの顎を砕いた男」ケン・ノートンも2回で倒し、2度目の防衛を果たした。

モハメド・アリにKO負けで宣教師に転身

ベトナム戦争の徴兵を拒否して収監されたためブランクを作り、復帰したもののすでに32歳になっていたアリと戦ったのは1974年10月だった。新進気鋭の若きハードパンチャーと盛りを過ぎた元チャンピオン。戦前の予想はフォアマンの圧倒的有利だった。

場所はアフリカ・ザイール(現コンゴ民主共和国)のキンシャサ。フォアマンは立ち上がりから重い左右フックを振り回し、ガードの上からでも構わずアリにパンチを浴びせ続けた。しかし、ロープを背にガードを固めながらチャンスをうかがっていたアリに一瞬の隙をつかれ、8回にまさかのKO負け。全勝街道を突っ走ってきた若き王者は、「キンシャサの奇跡」と呼ばれる大番狂わせで奈落の底に突き落とされた。

フォアマンは再起後4連勝したが、アリとの再戦目前で格下のジミー・ヤングに判定負け。試合後に「神を見た」と言い残して28歳で引退し、キリスト教の宣教師に転身した。

若き王者モーラーをノックアウト

宣教師として活動していたフォアマンだったが、教会の施設維持費など金の必要性に迫られ、リング復帰を決意。1987年3月、10年ぶりの復帰戦を飾った時、すでに38歳となっていた。

パワー、スピードとも全盛期には遠く及ばない。嘲笑する声も聞かれたが、それでもフォアマンは諦めなかった。宣教師に転身したとはいえ、リングに上がれば闘争本能は蘇る。24連勝して迎えた復帰後初の世界タイトル挑戦はイベンダー・ホリフィールドに判定負けしたものの、予想以上の善戦。当初は懐疑的だった関係者やファンも徐々にフォアマンの本気度を認め始めた。

しかし、肉体的な衰えが勝敗に直結するボクシングで40代の選手が世界王者になることは奇跡に近い。1993年6月にWBO世界ヘビー級王座をトミー・モリソンと争ったが、大差の判定負け。にわかに膨らんでいた「奇跡」という名のつぼみは萎んだかと思われた。

迎えた1994年11月。当時のWBA・IBF世界ヘビー級王者マイケル・モーラーは、サウスポーとして初めてヘビー級を制したスピード満点の27歳だった。フォアマンにとって復帰後3度目の世界戦。自身の老いに抗い、自分を信じ続けたフォアマンは、スピードで勝る若き王者のパンチを何度も浴びたが、鍛え上げた、しかし決して張りがあるとは言えない肉体で耐えた。

10回、左ジャブに続いて放った渾身の右ストレートが王者の顎にヒット。背中から倒れたモーラーは起き上がれず、レフェリーはテンカウントを告げた。

20年前に自らが経験した王座交代と同じ光景が眼前に広がる。パンチを打っても打っても耐え続けたアリから受けた屈辱のノックアウト。しかし、今立っているのは自分だ。一念発起のカムバックから、種を蒔き、水をやり、大切に育ててきた「奇跡」がついに大輪の花を咲かせた。

「夢を叶える方法は諦めないことだ」

勝った瞬間、フォアマンはニコリともせず一瞬、天を見上げると、振り返ってニュートラルコーナーにひざまずき、神に祈りを捧げた。そして、45歳の新チャンピオンは言った。

「夢を叶える方法はただひとつ。叶うまで諦めないことだ」

ボクシングファンのみならず、世界中を感動させた執念の王座奪取劇は今も語り草だ。

あれから30年近くが経った。新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界中であらゆる行動が制限される。多くの人が我慢を強いられ、悩みやストレスを抱える現状だ。通り魔や放火など凶悪事件が多発していることと無関係とは思えない。

しかし、スポーツには不思議な力がある。昨年は東京オリンピック、パラリンピックに出場したアスリートの逆風に立ち向かう姿が人々の胸を打ち、大谷翔平の活躍に日本中が沸いた。

2022年、世界中で活躍するアスリートは自身のプレーやファイトを通じて、どんなメッセージを発信するだろうか。そして、我々がそれをどう受け止めるかが大切だ。逆境だからこそ、スポーツの持つ力に期待したい。

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