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村田諒太VSゴロフキンに垣間見えるテレビ局の現状とボクシング中継の未来

村田諒太,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

12月29日、さいたまスーパーアリーナで実現

かねてから発表間近と伝えられていたプロボクシングのWBA世界ミドル級スーパー王者・村田諒太(35=帝拳)とIBF世界ミドル級王者ゲンナジー・ゴロフキン(39=カザフスタン)の統一戦が12月29日にさいたまスーパーアリーナで開催されることが正式に決まった。

まずは注目のビッグファイトが流れずに決定したことを素直に喜びたい。プロボクシングの興行はボクサー同士がお互いに戦いたいと思っていても、ファイトマネーやテレビの放映権など様々な思惑がからんで破談することも多い。ましてやコロナ渦で多くの制限がある中で、高いハードルを越えて実現させた関係者の努力には敬意を表したい。

ボクシング通ならこの試合がどれほどの価値を持つかは分かるだろうが、普段それほど見ていない方はピンと来ないかも知れない。ミドル級(160ポンド=72.57キロ以下)は事実上の日本最重量級。体重制限のないヘビー級(200ポンド=90.72キロ超)のボクサーもいるが、層が薄いため世界とは相当なレベルの違いがあり、現状では日本人の世界ヘビー級王者は望めない。

ミドル級も体格やスピードに勝る黒人が多数を占めており、日本人が世界と戦うには厳しい階級だ。これまで長い歴史上で世界のベルトを巻いた日本人ボクサー90人のうち、ミドル級は竹原慎二と村田の2人だけ。その事実が世界ミドル級王者の価値を雄弁に物語っている。

しかも、その日本人王者が、かつてパウンドフォーパウンド1位にランクされた対抗王者と統一戦を日本でやる。ボクシングの本場ラスベガスではなく、日本でだ。野球で言えば、エンゼルスの大谷翔平が東京ドームで侍ジャパンと真剣勝負をするほどの価値がある。それほどのスーパーファイトなのだ。

Amazonプライムビデオがライブ配信、地上波中継なし

これまでなら各マスコミが両選手に密着し、それこそ試合1週間くらい前から連日特集してもおかしくない。しかし、今回の試合がこれまでと決定的に違うのはテレビの地上波放送がない点だ。

これまで村田の試合の多くはフジテレビが生中継し、ボクシングファンの俳優・香川照之が熱く語るシーンがお馴染みだった。だが、今回はAmazonプライムビデオが独占ライブ配信する。Amazonプライムビデオは海外ではすでにスポーツのライブ中継をしているが、日本では初めて。月間500円、年間4900円のプライム会員なら追加料金なしで視聴可能という。

ゴロフキンは2019年にスポーツ動画配信サービスのDAZNと3年6試合の契約を結んだ。その後、コロナ渦の影響で減額を求められたとの報道もあったが、ゴロフキンのライバル、サウル・カネロ・アルバレスは10試合で計410億円とも言われる巨額契約をDAZNと結んだことがあり、金額は違えど、ゴロフキンも超大型契約であることは間違いない。

従って、今回の村田戦も日本国外ではDAZNが配信するが、DAZNの日本法人はビジネス的観点から配信を見送った模様。一時的にボクシングファンの加入者が増えたとしても試合が終わるとすぐに退会する割合が高いため、サブスクで継続課金してもらわないと大きな収益にならないからだ。

DAZNはJリーグと12年間で2239億円とも言われる大型契約を結んでいるが、サッカーのように毎週試合があるリーグ戦ならサブスク契約を継続してくれるものの、半年に1試合程度のボクシングはビジネスになりにくいのが実状なのだろう。

それでもAmazonプライムビデオにとってはスポーツライブ中継進出への第1弾として、村田とゴロフキンのビッグマッチは最高のアドバルーンだった訳だ。

莫大な金がかかるミドル級統一戦

割を食う形になったのがフジテレビ。これまで長年にわたる中継で村田サイドと築いてきた関係性も、これ以上ない大一番を前に水泡に帰した。

世界戦を日本で開催するとなると、通常でも莫大な金がかかる。弱小ジムの会長が所属選手を世界挑戦させるため、借金までして海外から王者を呼び、日本で世界戦を開いてきた例は少なくない。日本のホームリングで試合をした方が選手は実力をフルに発揮できる可能性が高いし、一生に一度あるかないかのチャンスで最高の舞台を用意したいと考えるのは当然だ。

諸経費で出費がかさみ、世界挑戦する所属選手のファイトマネーは100万円しか出せなかったなどという話もあった。それでも勝って王者として防衛を重ねればいつか回収できるという目論見と、何より自前の世界王者を育てたいという夢があった。

だからこそテレビ局から支払われる放映権料は貴重な収入源なのだ。にもかかわらず、中継できないフジテレビは忸怩たる思いだろう。

今回の村田は挑戦者ではなく王者のため、それ相応のファイトマネーが必要で、億単位との報道もある。階級が上がるほどファイトマネーの相場も高くなり、ミドル級は日本最高峰なのだ。

ましてやコロナ渦で隔離期間があるため、海外からボクサーや関係者を呼ぶと余計に費用がかさむ。帝拳プロモーションの本田明彦会長が今回の試合実現のために厳しい交渉を重ねてきたことは想像に難くない。

若者のテレビ離れや視聴率低下が叫ばれ、テレビ局の経営状況も決して楽ではない。逆に帝拳サイドはこれまで以上に金がかかる。そんな背に腹は代えられない状況から、フジテレビではなくAmazonプライムビデオが選ばれたとしても全く不思議ではない。

高視聴率を稼いできたボクシング中継

ボクシングが今よりメジャースポーツだった頃、世界戦は必ずゴールデンタイムで生中継され、国民的行事と言っても過言ではないほどだった。

1966年にファイティング原田がエデル・ジョフレと戦った世界バンタム級タイトルマッチは視聴率63.7%という驚異的な記録が残っている。日本が敗戦ショックから立ち直りつつあった時代、試合前に国歌が流れ、国を背負って戦う姿は国民の胸を打った。

1994年に薬師寺保栄と辰吉丈一郎が戦ったWBCバンタム級統一戦も関西地区で43.8%、東海地区では52.2%をマークした。瞬間最高ではなく、平均視聴率だ。男同士が拳だけで勝敗を決めるシンプルなスポーツは、時代が変わってもファンを魅了してきた。逆に世界ランキング下位の選手や、勝ち目のない世界戦などで中継されない場合は「ノーテレビ」が話題になったほどだった。

ボクシング人気が相対的に低下するにつれ、中継時間帯もゴールデンタイムではなく、日曜の夕方などが増えていったが、近年は格闘技ブームもあって大晦日にダブル世界戦やトリプル世界戦が開催されることも珍しくなくなった。いずれにしてもボクシングはテレビ局にとっても重要コンテンツのひとつだった。

ボクシング界にとっても、テレビ中継による影響は計り知れない。ヤンチャ少年だった渡嘉敷勝男が自身と身長の変わらない具志堅用高の世界戦をテレビで観て、ボクサーを志したのは有名な話。辰吉の試合をテレビで観て世界王者を夢見た少年も数多くいる。

また、古くはテレビ東京、1990年代以降は衛星放送のWOWOWがラスベガスを始めとする海外の世界戦を中継してきた意義も大きい。海外の情報が少なかった時代に比べると、本場のハイレベルな試合を観ることは確実に日本人ボクサーのレベルアップにつながってきたからだ。

今後増えていく動画配信で予想される未来

ボクシング界はテレビとともに発展してきたと言える。しかし、今後は動画配信へシフトする流れは加速するだろう。すでに観たい人だけがお金を払って観る時代になりつつある。お茶の間で家族が揃ってボクシングを観るような機会は確実に減っていき、興味のない人はいつまでも興味を持つ機会を得られないかも知れない。

ただ、一方でコアな視聴者の目はますます肥えていくため、ボクシング界のさらなるレベルアップにつながる可能性もある。さらにこれまでより海外から日本のボクサーが観られる機会も増えていく。

ファイトマネーの桁が違うアメリカで大金を手にする日本人ボクサーが増えれば、結果的にはボクシング界の底辺拡大につながる期待も持てる。

そういう意味でも、村田諒太VSゴロフキンは新しい時代の到来を告げる、まさしく世紀の一戦なのだ。さらにその先、いつになるか分からないが、まだ見ぬ日本人初の世界ヘビー級王者が誕生する日がいずれ訪れるだろう。個人的にはそう思っている。

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