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「選手主導の不正」アストロズ、サイン盗みの衝撃

2020 1/20 17:11棗和貴
アストロズから解任されたヒンチ元監督(左)とルーノウ元GM
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Ⓒゲッティイメージズ

アストロズに厳罰

1月13日、メジャーリーグ機構は2017年のワールドシリーズにおいてアストロズがサイン盗みをしたと断定し、厳罰を下した。処分の内容は以下の通りである。

・ジェフ・ルーノウGMとAJ・ヒンチ監督に1年間の職務停止処分
・今年と来年のドラフト1・2巡目指名権を剥奪
・500万ドル(約5億5000万円)の罰金

アストロズは、この処分が発表されてから1時間も経たないうちにルーノウGMとヒンチ監督の解任を発表した。

一連の問題は、当時アストロズに所属していたマイク・ファイアーズによる内部告発に端を発する。センター奥からカメラを使って相手の投球サインを撮影し、その映像はベンチ裏に設置されたモニターに映される。そして、サインが変化球だった場合はゴミ箱を叩いてバッターに伝達していたという。

サイン盗みの影響は、アストロズ以外のチームにも広がった。メジャーリーグ機構が処分を発表した翌日、レッドソックスは2017年にアストロズのベンチコーチを務めていたアレックス・コーラ監督を解任。16日にはメッツが、今年から指揮をとることになっていたカルロス・ベルトラン監督(2017年はアストロズで選手としてプレー)を解任する事態となった。

選手主導の不正

メジャーリーグ機構の処分はアストロズという球団と首脳陣に対してのみに限られたが、このように大々的にテクノロジーを駆使した一連の騒動が「選手主導」のもとで行われていたという点は衝撃的である。MLB機構のコミッショナーであるロブ・マンフレッド氏は、アストロズのサイン盗みを「選手主導かつ選手実行」と表現。「アストロズが行ったサインの解読と伝達は、球団のトップ運営担当者が計画・指示したものではない」と報告書にはある。

不正は2017年のはじめから行われていた。最初はセカンドランナーを介してサインは伝えられていたが、「シーズンが始まって約2ヶ月が経ったころ、カルロス・ベルトランを含む選手グループが、もっと上手く相手のサインを解読し伝えるための方法を議論。コーラ(サイン盗みに積極的に関与した唯一の首脳陣である)は、カメラの映像が表示できるモニターを取り付けるために技術者を手配した」という。

ベルトランは、当時アストロズでプレーしていた選手のなかで実名が記載されていた唯一のプレイヤーであり、メッツが監督を解任したのはそれを受けての判断だったと思われる。また、コーラについては、2018年にレッドソックスでもサイン盗みが行われた疑惑が浮上しており、現在調査が進められている。

マンフレッド氏は選手にペナルティーがない理由として「この種の行為に対して選手の規律を評価することは困難であり、非現実的である」としているが、新たな別の疑惑は選手にも厳罰を与えるべきだという声を高めることになった。アストロズの主力であるホセ・アルトゥーべとアレックス・ブレグマンが、ユニフォームの下にブザーを身につけ、サインを伝えられていたというのだ。

ドジャースのコディ・ベリンジャーは自身のツイッターで「もし真実なら、選手にも処分が必要である」とつぶやいた。また、米スポーツ局のESPNが全米の成人1010人に対して行った調査によると、半数以上が「選手も罰せられるべきである」と答え、70%以上がメジャーリーグ機構が追加措置を講じることを支持した。

アルトゥーべとブレグマンはこの疑惑を否定しているが、もっと上手く相手のサインを伝達する方法を議論した選手グループのなかに彼らが入っているならば、その疑惑は真実味を帯びる。

AJ・ヒンチの葛藤

アストロズのヒンチ監督は、メジャーリーグ機構の判断を受け入れたが、そのコメントからは彼の葛藤がうかがえる。「(報告書があげた)証拠は一貫して私がサイン盗みを承認ないし参加していないことを示しているが、それを止めることができず、申し訳なく思う」。また、報告書にはチームが犯したサイン盗みに反対しようとヒンチ監督が二度モニターを破壊したとある。

米スポーツサイトであるジ・アスレチックによると、ヒンチ監督が選手やコーラに対して止めるよう言えなかったのは「チームが分断してしまうのを心配したため」らしい。ただ、チームを守ろうとした判断は結局のところチームからハシゴを外される形となった。選手は守られ、監督自身は球団からは退くこととなったのだ。選手主導にもかかわらず、アストロズが自身を解任した知らせを受けてヒンチ監督は「動揺した」という。

サイン盗みによってヒンチ監督の功績(最下位の常連だったアストロズが、ポストシーズンの常連となった功績)はすべて否定されてしまうのだろうか。今のところ、2017年の世界一が剥奪されるという判断はないが、ファンの見方が変わるのは止むを得ないことだろう。ただ、アメリカはセカンドチャンスに寛容な国だという。個人的には、ぜひヒンチがもう一度、今度はクリーンなチームで指揮をとる姿が見たい。