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カーショウ球速低下も「スラッター」で勝負 サイヤング賞左腕の“進化”

2019 5/31 07:00岩藤健
クレイトン・カーショウⒸゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

2017年シーズン途中から指摘された球速の低下

ロサンゼルス・ドジャースのクレイトン・カーショウは、数年前の圧倒的なピッチングを失い、今季は開幕前から肩の怪我にも泣かされた。それでもピッチングスタイルを変えながら、メジャーリーグの激しい競争で勝ち抜こうとしている。

2008年のメジャーデビューから数々の個人タイトルを獲得してきたカーショウは、先発投手最高の栄誉とされるサイ・ヤング賞も20代のうちに3度受賞している。

投球スタイルは平均93マイル(約150キロ)のストレートにスライダー、大きく変化するカーブの組み合わせ。2015年には2002年のランディ・ジョンソン(334個)以来となる、シーズン300奪三振(301個)も達成した。

その後もカーショウはドジャースのエースとしてマウンドに立ち続け、2016年には12勝、2017年には18勝を挙げている。だが勝ち星だけ見れば絶好調とも言える2017年シーズン中から、カーショウの異変がささやかれ始めた。それが平均球速の低下だった。

年度ごとの平均球速をまとめると、確かにカーショウのストレートは94.3マイル(約151.8キロ)を記録した2015年がピーク。以後は下がり続けている。

カーショウの年度別成績ⒸSPAIA

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球速低下の影響が如実に表れたのは被本塁打数の増加とWHIPの悪化だ。WHIPは1投球回あたり何人の走者を出したかを示す指標だが、先発投手であれば1.20で優秀とされる。そのラインは保ち続けているが2017年から悪化傾向にある。

ここ何シーズンか怪我の影響で投球回が減ったにも関わらず、被本塁打数が増えたのは球威が衰えたことにより、以前より失投を捉えられやすくなったためだろう。

いまのカーショウは数年前のような、相手打線がランナーを出すのも苦労する圧倒的存在ではなくなってきている。

スラッターの多用と投球スタイルの変化

「もはや全盛期は過ぎた」という声が米国からも聞こえてくる。しかし、今季のカーショウは手持ちのカードをフル活用してモデルチェンジに挑戦中だ。古い自分を取り戻すのではなく、新しい自分のベストを作り出そうと奮闘している。

カーショウの球種ごと投球割合の推移ⒸSPAIA

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カーショウの全投球に占める各球種の割合をグラフ化した。こうしてみると分かりやすい変化はストレートの数が減り、スライダーの投球数が多くなっていることだ。2016年にはストレート49.8%に対し、スライダーが33.4%だった。球速の衰えに従ってストレートとスライダーの主従関係が逆転し、今季はストレート40.7%に対してスライダーを41.9%投じている。

一口にスライダーと言っても、投げ方や変化の仕方によってバリエーションがある。カーショウはスライダーとカッターを組み合わせたような変化の「スラッター」を投げる。

このスラッターというボールは近年のメジャーを代表するヒット作で、日本球界でも多くの投手が取り入れている。開幕から絶好調のDeNA・今永昇太は、昨季よく打たれた130キロ台のスライダーではなく、140キロで変化するスラッターを投げるようになって復活した。2017年のCSで猛威を振るった球だが昨季は見られなかった。

私が知る限り「スラッター」がメディアに初登場したのは、2007年のボストン・グローブ紙でジョナサン・パペルボンが新しい球として「slutter」を記者に説明したときだ。

パペルボンはスラッターを「スライダーとカットボールの中間。本物のスライダーでもカットボールでもない球種」と語っている。

スライダーより速く、手元で変化

スラッターは縦のスライダー系統のボールだが、手を離れてからの軌道はよりストレートに近く、球速もスライダーより速い。スライダーのような膨らみは抑えて、カットボールのように打者の手元で変化する。

最新のデータ解析によれば、カーショウのストレートは純粋な縦回転に近いバックスピンの掛かった、ホップ成分の大きいボールであることが分かっている。いわゆる「ノビのあるストレート」だ。こういう投手がスラッターを投げると、打者の体感ではストレートと同じ軌道を通ってきたボールが、バットを振り始めてから真逆の方向に変化したように見える。

今季のカーショウはスライダー(スラッター)の平均球速が87.4マイル(約140.7キロ)。この速さで縦に大きく変化させられる上、場面によって変化にバリエーションを持たせる器用な真似もしてくる。

初球ストライクからポンポンと打者を追い込み、自分有利なカウントでストライクゾーン低目いっぱいからボールになるスラッターを投げ込むのが、今季のカーショウのスタイルだ。

以前は縦に変化するカットボールというスラッターの特性もあり、コントロールが多少アバウトでもゾーン内で勝負できていたが、球速が落ちた今季は低目に集める傾向が見られる。

地元メディア『ドジャース・ネイション』は、カーショウの変化について「グレッグ・マダッグスに似た投手に進化するにつれて自信を深めている」と伝えた。球威の衰えを高い制球力と粘りのピッチングでカバーするカーショウは、42歳まで現役を続けた355勝右腕マダックスのようになれるだろうか。