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「自分と対話」冷静な大迫傑が五輪をほぼ手中にした「終盤力」

2020 3/2 13:00鰐淵恭市
日本新記録で五輪をほぼ手中にした大迫傑Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

東京マラソン、日本新で4位

最後の五輪切符をほぼ手中にしたのは、日本最速の男だった。

日本男子マラソンの「3強」が勢揃いし、事実上の五輪代表決定戦と化した東京マラソンで、大迫傑(ナイキ)が自身の持つ日本記録を21秒更新する2時間5分29秒で日本人トップの4位に入り、代表の「3枠目」に大きく前進した。ゴール時には拳を振り上げて雄たけびを上げるなど、熱い感情を隠さなかった大迫だったが、ライバルを振り払った原動力は、その冷静さだった。

第2集団に踏みとどまった設楽悠太

大迫に加え、前日本記録の2時間6分11秒を持つ設楽悠太(ホンダ)、アジア大会王者で2時間6分54秒の記録を持つ井上大仁(MHPS)の「3強」が、代表に入るための条件は簡単だった。日本陸連の定める派遣設定記録である2時間5分49秒以内で走り、日本人トップになること。ただ、3強のプランは二つに分かれた。

2時間3分台のペースで進む予定の第1集団と、2時間5分前半のペースの第2集団。大迫と井上が第1集団に果敢に挑む中、あえて第2集団にとどまったのは設楽だった。

昨年9月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)では1人で大逃げに挑み、今年1月の会見では「2時間4分台で走らないと東京五輪を走る資格がない」とまで言っていた設楽。ただ、レース2日前の会見では目標タイムを「2時間6分10秒」と書き、強気が売りの28歳にしては珍しいなと思っていたが、この大一番で選んだ選択は「自重」だった。

強気に出た井上大仁

後半途中まで代表争いの主役だったのは、2日前の会見で目標タイムを「2時間4分30秒」と書き、一番強気だった井上だった。大迫とともに第1集団にいたが、常に先頭をうかがえる位置をキープしていたのは井上だった。ゴール予想タイムが2時間2分台のハイペースにも関わらず、その顔はクールで、走りもリラックスしていた。

さらに、日本記録保持者の大迫が23キロ付近で、先頭集団から遅れ始めた。それでも井上の表情は変わらない。このままなら、井上が代表入りの可能性が高くなる。MGCで最下位に終わった27歳の雪辱か、と思わされた。

「終盤力」が違った大迫傑

井上が主役に躍り出た時、大迫は自分の体と対話していた。「自分のキャパ以上に走るとつぶれてしまう」。先頭から遅れたのは、自らの判断だった。

井上との差は、25キロで7秒、30キロで12秒とどんどん広がった。でも、焦りはなかった。自分の余力を考え、ペースを落としたからだ。3位に終わったMGCでは、設楽に大逃げをうたれた時に焦りを覚えたのとは対象的。半年前とは違う大迫がそこにいた。

そして、30キロを過ぎて、その判断が生きた。苦しみ始めた井上との差が縮まり始める。32キロで追いつくと、もがく井上を尻目に一気に突き放した。「周りがきつそうだったので」。ライバルたちが終盤に向かってペースを落とす中、大迫は30キロからの5キロで逆にペースを上げ、14分56秒でカバーした。この5キロで15分を切ったのは日本選手で大迫だけ。その冷静さが、1人だけ違う「終盤力」を生み出した。

瀬古リーダー「メダルは厳しい」

その後の大迫の歓喜のゴールは、冒頭の通り。「3強」の設楽は一度もレースの主役となることはなく2時間7分45秒で16位、井上は2時間9分34秒で26位に終わった。代表選考会は3月8日のびわ湖毎日マラソンを残すが、代表に入るためには大迫の2時間5分29秒を切らなければならない。出場選手の顔ぶれを見る限り、可能性は限りなく低いだろう。大迫が五輪の舞台に立つのは、ほぼ間違いない。

日本新記録のボーナスを含め、1億円を超える賞金を手にした大迫だが、厳しい現実もある。優勝したビルハヌ・レゲセ(エチオピア)には1分以上の差をつけられた。日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは「このレースをしているうちは五輪でのメダルは厳しい」と言う。さらなる高みを目指した戦いが、大迫には待っている。