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50キロ競歩は日本のお家芸 日本勢金1号・鈴木は王国・石川出身

2019 10/1 14:34鰐淵恭市
50キロ競歩で優勝した鈴木雄介Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

ドーハ世界陸上、4割脱落の「死のレース」

日本勢の今大会金メダル1号は最も過酷な種目から生まれた。

ドーハで開催中の陸上の世界選手権の男子50キロ競歩で、31歳の鈴木雄介(富士通)が日本競歩界に五輪、世界選手権を通じて初めての金メダルをもたらした。通常、マラソンが最も過酷な種目と思われがちだが、最も長い距離、長い時間で競われるのが、この50キロ競歩である。

「なんとかぎりぎり『完歩』できました」。4時間4分20秒でフィニッシュした鈴木の優勝後のコメントが、今大会の50キロ競歩の過酷さを語っている。

中東の暑さを避けるためにスタートしたのは午後11時半。それでもその時点での気温は31度、湿度は74%と、「地獄」のようなレース条件だった。男子50キロ競歩は45人がスタートしたが、失格者3人を含め、全体の4割近い17人がフィニッシュできなかった。

鈴木はスタート直後から飛び出した。「マイペースで歩ききる」ことが目標だったという。しかしながら、途中でトイレに行くこと2回、さらに、終盤には競歩ではなく、普通に歩く姿が見られた。結果は、一度もトップを譲らない「独歩」で優勝。ちなみに、競歩は走らないので、「完走」や「独走」とは言わない。

性格はばくち的、のるかそるか

マイペースで歩く、とはいえ、酷暑のドーハである。この大逃げはある意味、ばくちに近い。しかし、これが鈴木の性格を表しているとも言える。かつて、話を聞いたときに、自身の性格についてこう語っていた。

「ばくち的な性格。一発引っかけてやろうという性格なんです」

だから、かつてはレースごとに「当たり外れ」が大きかった。例えば、20キロ競歩で出場した2009年世界選手権は42位、11年世界選手権は今大会と同じように大逃げをうって8位入賞、翌年のロンドン五輪は35位。いい時と悪い時がはっきりしている、それが鈴木のレースだった。

日本男子50年ぶり世界記録から紆余曲折

鈴木が今以上に注目された時期があった。2015年、20キロ競歩で鈴木は1時間16分36秒の世界新記録をマークした。これは今も世界記録として残っている。

日本男子が陸上で世界記録を樹立するのは実に50年ぶりのことだった。鈴木はメディアで引っ張りだこになり、鈴木自身もマイナーな競歩という種目を知ってもらうため、取材を受け続けた。だが、その年の世界選手権は金メダルを期待されながら途中棄権。自分を追い込みすぎていたという。さらに股関節を痛め、レースからも遠ざかった。リオデジャネイロ五輪代表選考会にも出場できなかった。

レースに復帰したのは昨年5月。2年9カ月ぶりだった。今年から50キロに本格的に挑戦し、4月には3時間39分7秒の日本新をマークした。そして、ドーハでの金メダル。紆余曲折を経て、鈴木は完全に復活した。

石川県は競歩王国

鈴木は石川県出身で、中学1年から競歩を始めた。競歩の選手に多いのが、長距離の選手を目指していたが、タイムが伸び悩んで競歩に転向するパターンや、ケガのリハビリで行っていた競歩をそのまま続けるパターンだ。だが、いずれも高校になってからというのが多く、鈴木のように中学から始める選手はほとんどいない。これには、彼の出身県が大きく関わっている。

石川県は「競歩王国」として知られる。鈴木以前にも日本代表を何人も育てた地だ。20キロと50キロの全国大会が毎年開かれ、中学の陸上大会に競歩が種目としてある稀有な場所でもある。

その礎を築いたのは、石川県出身で1964年東京、68年メキシコ五輪に競歩で出場した斎藤和夫さんと言われる。斎藤さんが大会を誘致し、彼の指導を受けたるために、全国から選手が集まった。そして、斎藤さんの教え子が、さらに石川で競歩を広めていった。鈴木の金メダルの源流には、偉大な先達の存在があるのだ。

東京五輪でもメダル期待

一般的にはなじみの薄い競歩という種目について説明しておきたい。

世界選手権、五輪で実施される競歩は、男女とも20キロと50キロの二つの距離がある。競技時間と距離が長いので、マラソンとは違い、通常は周回コースを使う。1周2キロのコースの場合が多い。

陸上では唯一の判定種目でもある。両方の脚が地面から離れると「ロスオブコンタクト」、接地の時に前脚のひざが伸びていないと「ベントニー」という反則が取られる。審判員に違反と判断されるとレッドカードが出され、3枚になると失格となる。

日本では2008年北京五輪の前から、長距離の練習のノウハウを取り入れ、強化が図られてきた。2016年には日本陸連から最重点種目に位置づけられ、東京五輪でのメダル獲得が最も期待される種目の一つになっている。

事実、男子50キロ競歩では、2015年世界選手権から世界大会で五つのメダルを獲得している。今や競歩は、日本の「お家芸」となっているのである。

競歩メダルⒸSPAIA

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