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小池祐貴、日本人3人目9秒台の秘密は「ゆっくり走る」練習法

2019 7/25 07:00鰐淵恭市
9秒98をマークした小池祐貴Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

ダイヤモンドリーグ・ロンドン大会で9秒98

9秒台という快挙にも、驚きはなかったようだ。「(9秒台は)出るときは出るので」。7月20日にあった陸上の最高峰シリーズ、ダイヤモンドリーグ・ロンドン大会の男子100メートルで、日本選手として3人目の9秒台となる9秒98をマークした小池祐貴(住友電工)は、さも当然と言わんばかりだった。

このレース、小池の左側のレーンにある選手がいた。同じ学年で常に日の当たるところを進んできた桐生祥秀(日本生命)だ。小池を語るとき、桐生の存在は欠かせない。

北海道小樽市出身で、中学まで野球をしていた小池。高校から陸上を始め、すぐにトップ選手になったものの、桐生は雲の上の存在だった。高校3年生で当時の日本歴代2位となる10秒01をマークした桐生は、同じ時期に自己ベスト10秒38だった小池にとっては大スター。例年なら高校王者になれるタイムだが、桐生には全く歯が立たなかった。インターハイ2位でも、桐生のライバルと呼ばれるほどの存在でもなかった。

「ほぼ、確実に負けることが分かって試合に臨む。どうやって、モチベーションを保つかが難しい」。当時の小池はそう語っていた。ただ、桐生に勝つことを諦めていなかった。「桐生に勝たないと、世界で戦える選手になれません。自分のピークの年齢になったら、勝負したいです」

同学年のライバル、桐生に0秒15差の圧勝

そして、今回のダイヤモンドリーグ。小池はスタートで少し桐生をリードすると、中盤で桐生との差を広げた。桐生が最も得意とする中盤の加速局面。そこで自らの力を見せつけ、一時はトップを走っていた。

結果は4着。世界歴代2位タイの9秒69を持つヨハン・ブレーク(ジャマイカ)には100分の1秒遅れたが、2016年リオデジャネイロ五輪銅メダリストのアンドレ・ドグラス(カナダ)には100秒の1秒先着した。「ここで(9秒台を)出せないようだったら、世界選手権は戦えないと思っていた。そういうプレッシャーを自分にかけていた」という中での会心のレースだった。何より、かつては相手にもならなかった桐生に0秒15の大差をつけた。

今年5月のゴールデングランプリ大阪で小池と話をする機会があった。「いつか勝ちたいと言っていた桐生に迫ってきたね」と話しかけると、小池は謙虚にこう答えた。「でも、まだ勝っていないんです」。それから2カ月後、同じレースで桐生を寄せ付けない走りを見せ、自己ベストも9秒98の日本歴代2位に並んだ。

2年で0秒34も自己ベスト短縮

ゴールデングランプリで小池は自己ベストの10秒04を出している。だが、彼は悔しがっていた。それもそのはず。「9秒台が出ると思っていた」というからなのだ。それほどまでに、小池は今、自信を持っている。

事実、彼の伸びしろは、24歳にしては驚異的である。2年前までの自己ベストは大学1年生の時に出した10秒32。ところが、社会人1年目だった昨年は10秒17をマーク。そして今年に入り、10秒04、9秒98とタイムを伸ばしてきた。100メートルという短い距離なのに、この2年で実に0秒34も伸ばしてきたことになる。これが中学生や高校生ならまだしも、身長の伸びがほぼ止まっている社会人になってからだから驚きだ。

北海道の進学校、立命館慶祥高から慶大に進んだが、大学時代はケガが多く、競技は大学時代で辞める予定だった。だが、大学4年の時にある指導者の教えを請うことになる。それが1984年ロサンゼルス五輪男子走り幅跳び7位の臼井淳一氏。引退後は陸上界の表舞台から消えていた名選手である。

20秒かけて100メートルを走る

小池は常に全力を出し、ぶっ倒れるまでやる切るタイプだった。それ故、ケガが多かった。ある意味、臼井氏は正反対のアプローチを見せた。全力で走らない、というものである。

例えば、100メートルであれば20秒近くかけて走らせる。ただゆっくり走るのではない。丁寧に走る。そうすることで、正しい動きを身につける。足が正しく接地する感覚を身につける。それがはまった。

身長173センチと、あまり大きくない小池はピッチ型の選手である。日本陸連科学委員会の分析によれば、6月の日本選手権での100メートル決勝を走った時の歩数は50・9歩だった。ライバルのサニブラウンが44・1歩、桐生が48・4歩だから、小池がいかにピッチ型か分かると思う。

かつての小池はピッチをがむしゃらに回すという感じだったが、今はしっかりと前へ進んでいる。それは臼井氏の指導のたまものだろう。さらに言えば、その走りのキレには目を見張るものがある。小池自身が9秒台へ自信を持っていたというのもうなずける。

9秒98をマークした後、小池はこう語っている。「もうちょっと速くなれる」。ここまで小池の100メートルの話ばかりに終始したが、彼の本職は昨年のアジア大会を制した200メートルである。それなのに、100メートルでこの記録。200メートルでは日本選手初の19秒台がすぐそこに迫っている。