終盤に高低差30mの上り坂
「3代目山の神」こと、男子マラソンの神野大地(セルソース)が2020年東京五輪の日本代表入りに自信を見せている。神野は6月3日に開かれた、東京五輪代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場選手発表会見に出席。9月15日に行われるMGCへの抱負を問われると、野球に例えて「一発逆転サヨナラ満塁ホームランを打ちたい。最後まで諦めない」と宣言した。
なぜ、サヨナラ満塁ホームランなのだろうか。それは、MGCのコースの特徴と、神野の走りの特性にある。
東京五輪とほぼ同じコースを走るMGC。五輪ではスタートもゴールも新国立競技場となるが、競技場完成予定が11月のためMGCでは明治神宮外苑のいちょう並木発着となる。浅草寺雷門、銀座、増上寺、皇居前など、東京の名所を巡るコースになっている。
大会の公式サイトにあるコースマップを見れば一目瞭然だが、MGCのコースの特徴は高低差だ。高低差が約30メートルあるレース序盤の5キロを駆け下り、逆に終盤の5キロは水道橋辺りから続く高低差約30メートルを駆け上がる。
試走した神野は「最後の5キロの上り坂がすごかった。タフなコース」と印象を語った。
あの金メダリストも坂に負けた
男女の違いはあるが、この坂に屈した選手もいる。シドニー五輪女子マラソン金メダリストである「Qちゃん」こと高橋尚子だ。
当時、絶頂期にあった高橋は2大会連続の五輪金メダルを目指し、国内選考会の2003年東京国際女子マラソン(同大会は2008年に終了)に出場した。東京国際女子のコース終盤は、MGCの終盤のすぐそばを走るコースで、高低差はほとんど同じだった。
2003年の大会で序盤を快調に飛ばした高橋だったが、この高低差30メートルの坂の途中で足が止まり2位に終わった。マラソンの連勝は「6」で止まり、2大会連続の五輪出場を逃すことになった。
「高低差30メートルを5キロもかけて上るなら容易い」と思う人もいるかもしれないが、疲労も限界を迎える終盤、38キロを走った後に駆け上るのは、金メダリストであっても容易なことではない。
大学3年で「山の神」襲名
この上りに自信を見せるのが神野だ。
神野は青山学院大3年時の第91回箱根駅伝で23・2キロで高低差864メートルある5区を駆け上がり、当時の区間記録(現在は区間距離が異なる)となる1時間16分15秒をマークして、その名を知らしめた。大会MVPとなる金栗四三杯を獲得して青山学院大の初優勝に貢献し、今井正人(順大)、柏原竜二(東洋大)に次ぐ、3代目の「山の神」と呼ばれるようになった。
神野の上へ跳ねるような走りは平地ではロスがあるが、坂になれば力を発揮する。フルマラソンの自己ベストは2時間10分18秒で、一流の証しとも言える2時間10分を切る「サブテン」にも達しておらず、大迫傑(ナイキオレゴンプロジェクト)の持つ日本記録2時間5分50秒には4分以上も及ばないが、それでもMGCで「チャンスがある」と言い切れるのは、過去に箱根の山を上りきった経験があるからだろう。
「ラスト5kmで10位以内ならチャンス」
神野はMGCのコースを試走したときに、こんなイメージを抱いたという。
「5、6番手で走っていても、38キロで(テレビの)バイクリポートが寄ってきて『この1キロで一番速いのは神野』と言われる」
MGCの本命は大迫、全日本記録保持者の設楽悠太(ホンダ)、昨年のアジア大会金メダルの井上大仁(MHPS)、昨年の福岡国際マラソン優勝の服部勇馬(トヨタ自動車)と言われている。しかし、神野は「最後の5キロがポイント」と臆することはない。そして、こうも言う。
「最後の逆転。(残り5キロで)10位ぐらいならチャンスがある。そこが僕の勝機だと思う」
3代目山の神の思惑通りにレースは進むのか。31人の選手が参加するMGC男子は、9月15日午前8時50分にスタートする。