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メダルを逃した新谷仁美の結果から考えるアスリートのメンタルヘルス問題

2021 8/19 06:00富田明未
廣中璃梨佳を祝福する新谷仁美,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

日本歴代4位の記録で廣中璃梨佳が7位に入賞

8月7日に開催された東京オリンピック女子10000m決勝に出場した廣中璃梨佳(日本郵政グループ)が日本歴代4位の31分00秒71をマークし、7位に入賞した。日本人選手が同種目で入賞するのは、1996年に開催されたアトランタオリンピックの川上優子(7位)以来25年ぶりだ。廣中は5000mにも出場しており、決勝では14分52秒84のタイムで日本記録を更新した。

実力を最大限発揮した廣中に対して、今回注目を集めていた新谷仁美(積水化学)は21位でフィニッシュ。安藤友香(ワコール)は22位でゴールした。上位8人と日本人選手3人のレース結果を振り返ってみよう。

東京五輪女子10000m上位8人と日本人選手の記録


廣中はスタートからトップに立ち、積極的なレースを展開。中盤から先頭集団のペースが徐々に上がり、一時は9位まで落ちたものの、8番手から最後の1周で1人抜いて7位でゴールした。

一方、新谷はスタート直後は先頭を引っ張るも、すぐに追い抜かれ、そのまま順位を落とした。新谷が持つ30分20秒44の日本記録は、今回のレースでは4位に相当する。メダルを獲得できる可能性も十分あったにも関わらず、新谷はどうして結果を残せなかったのだろうか。

葛藤しながら五輪本番に挑んだ新谷仁美

昨年4月、東京都などで緊急事態宣言が出され、国民の不安が高まる中、国際オリンピック委員会は東京オリンピックを開催する方針を崩さなかった。これに対して、開催中止を求める声が上がり、五輪反対署名を提出する動きも見られた。

新谷はオリンピックの舞台で本当に走るべきか最後まで悩んだという。アスリートは社会の一員であり、国民の意思を尊重した上で競技に参加するべきと考えているためだ。

新谷はレース出場前、自身のTwitterで以下のメッセージを残した。

「苦境な日々を送ってるのは選手である私だけじゃない。私以上に苦境に立たされてる『人』は沢山いる。私の苦しみなんて大したことじゃないと理解してるけど、自分の苦しみに我慢できず毎日泣いてしまう」

メダルを期待された新谷が思い通りにレースを展開できなかったのは、彼女の精神状態と無関係ではないだろう。様々な不安や葛藤を抱えながら迎えたレースで、思うように実力を発揮できなかったのだ。

アスリートのメンタルヘルスへの理解が必要

昨年、東京オリンピックの延期が決定してから、精神的に不安を抱えるアスリートが増加した。この状況を受けて、国際オリンピック委員会は、世界中のアスリートが利用できるメンタルヘルスケアのプログラムを緊急で用意したという。

メンタルヘルスと言えば、テニスの大坂なおみがうつ状態であることを明かし、自身の精神面の健康を守りたいという理由で、全仏オープンの記者会見を拒否したことが記憶に新しい。

運営側は大坂の行動に対して、1万5000ドル(約165万円)の罰金を科した。精神的な問題を抱える選手に対して、果たして適切な処置だったのだろうか。

競技力だけでなく、精神的な強さも求められるトップアスリートのメンタルヘルスが問題視されることは今まであまりなかった。しかし、大阪の一件を受けて、アスリートのメンタルヘルスへの理解を求める動きが広まっている。

今回、新谷が挑戦した10000mは、陸上競技の中でも特に精神的な強さと集中力が必要とされる種目だ。レースで最大限のパフォーマンスをするには、身体のコンディションを整えるのと並行して、メンタルヘルスに対するケアも重要になる。

新谷は日本記録保持者としてのプレッシャー、メダル獲得への期待、コロナ禍での五輪出場など、あらゆる不安と葛藤を抱えていた。アスリートが最大限の実力を発揮できるように、大会の運営側はメンタルヘルスへの理解を深めると同時に、メンタルトレーナーの拡充やメンタルヘルスに関する教育プログラムの普及など、選手自身がストレスケアを行える環境を整備していく必要があるだろう。

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