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リレー侍は「チキンレース」に負けた…まさかの途中棄権の原因とは

2021 8/10 06:00鰐淵恭市
途中棄権に終わったリレー侍,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

メンバーが口にした「攻め」

前回のリオデジャネイロ五輪で銀メダルに輝き、東京五輪では「金メダルを狙う」と公言してきた陸上男子400メートルリレー。過去、二つの銀メダルを獲得し、2000年シドニー五輪から5大会連続で入賞してきたが、東京五輪では決勝でバトンが渡らず途中棄権となった。メンバー4人中、3人が100メートルで9秒台の自己ベストを持ち、日本史上最速のメンバーがそろったと思われていた日本のお家芸に何が起こったのか。

決勝で9レーンだった日本は、1走の多田修平(住友電工)から、2走の山縣亮太(セイコー)にバトンが渡らなかった。多田は必死に手を伸ばしたが、届かなかった。

山縣は「しっかり目標達成するために攻めのバトンを皆で話し合って勝負にいった結果だと思います」と語った。走ることができなかった3走の桐生祥秀(日本生命)は「攻めてこうなった結果ですし、今回バトン渡らんかったけど色んな人に感謝したいし、走ってない選手にもありがとうと言いたい」と言った。2人に共通するのは「攻め」という言葉。この「攻め」とは何か。

リレーはバトンをゴールまでいかに速く運べるかという種目である。一般には4人がいかに速く走れるかと思われており、ほぼ同義なのだが、微妙に違う。速く走るのはもちろんだが、バトンパスではいかに減速させずに渡せるかも重要になる。

バトンをできるだけ減速をしないために、バトンを受ける側の選手はできるだけ加速することが重要になる。でも、加速しすぎるとバトンを渡す側の選手が追いつけず、バトンパスが認められる30メートルの「テイクオーバーゾーン」での受け渡しに失敗してしまう。バトンの受け渡しが可能な中で最大の加速点を見つけるのが、バトンパスの技なのである。

日本が「攻めた」というのはこの点。バトンを受ける側の選手は、渡す側の選手が「このポイントを過ぎたら、自分がスタートを切る」というところにテープを貼る。スタート地点からこのテープまでの距離を伸ばせば、受ける側の加速距離は増え、タイムを縮めることもできるが、バトンが渡らないリスクも増える。この部分を、世界選手権の男子400メートル障害で2度の銅メダルに輝いた為末大さんはこう表現している。

「チキンレース」

うまい言葉だと思う。メダルを狙うためには加速距離を伸ばす必要があるが、その分、受け手はバトンが渡らない恐怖と戦うことになる。ましてや受け手は後ろを振り返ることはできない。不安と戦いながら、加速していくのである。

選手から具体的なことは語られていないが、日本はこの加速距離を伸ばしたのだろう。予選は1組3着で、金メダルはおろか、銅メダルにも届きそうにない中、勝負をかけたのだ。リオ五輪の時も、靴半足分伸ばして、勝負をかけた。リオはそのチキンレースに勝ったのだが、今回は負けたのだ。

ダッシュ型からダッシュ型への難しさも

結果論ではあるが、走順の妙もある。1走多田、2走山縣。いずれもスタートダッシュ型である。

多田は100メートル予選、400メートルリレー予選とも、優勝した日本選手権にはほど遠い、キレのない走りだった。が、リレーの決勝は素晴らしいスタートを切り、いい走りを見せた。少なくとも100メートルは。

ただ、リレーはバトンパスも含めると100メートル以上走ることになる。多田の場合、ダッシュは速いが、終盤の減速率が大きいタイプ。長くなればなるほど、不利なのだ。

一方の山縣もダッシュが速い。そして、集中力を高め、ポテンシャルを最大限に発揮する能力を持つ。このリレーの決勝もそうだった。山縣の加速は良かった。むしろ、良すぎたのかもしれない。終盤の減速率が大きい多田には、この山縣の良さが裏目に出た可能性はある。

繰り返しになるが、メダルを狙いに行き、ベストの走りをしようとしたのだから、何を言っても結果論になることは間違いない。

激戦故のピーキングの難しさ

今回のメンバーは、9秒台3人+10秒01の多田。サニブラウン・ハキーム(タンブルウィードTC)が不調で外れたとはいえ、自己ベストの合計タイムで言えば過去最速であることは間違いない。

シーズンベストの合計で見ても、今回のメンバーは40秒21で銀メダルをとったリオ五輪の時の40秒57より、4人の合計は速い。「金メダル」という声が出るのも自然である。

日本とイタリアの個人タイム比較


優勝したイタリアと比較しても、自己ベスト、シーズンベストのいずれも4人の合計タイムはイタリアより日本の方が速い。ましてや、バトンパスで言えば、日本は世界のトップクラスである。でも、勝てなかったのだ。

その原因として、ピーキングの問題を問う声もある。

100メートルの結果を見れば分かるが、多田、山縣、小池祐貴(住友電工)の3人とも予選を突破できなかった。

かたや、イタリアは大会前には優勝候補にも挙がっていなかったラモントマルチェル・ヤコブスが9秒80のヨーロッパ新記録で金メダル。もう1人の選手も、今季のベストとなる10秒10をマークして、準決勝に進んだ。日本とは対照的である。

五輪選考会だった6月下旬の日本選手権が、まれにみる激戦だったこともあり、そこにピークを合わせすぎたという意見もある。山縣は五輪標準記録(10秒05)を日本選手権前に突破する必要があり、日本記録の9秒95を出した6月上旬のレース以降、調子があがらなかったという。多田も10秒01を出したレースや、優勝した日本選手権は素晴らしい走りだったが、今回の五輪では別人のような走りだった。

五輪の1カ月前に一度ピークの山をつくり、さらに五輪でより高いピークの山を作るのは難しいのかもしれない。でも、どの国も同じような日程を組んでいる。結局、この二つの山を乗り越えていく力がないと世界では戦えない。

「9秒台」という言葉にファンも含めて浮かれていた部分があるかもしれないが、ある意味、今回の東京五輪は日本の世界での現在位置を示したとも言える。

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